2021年1月12日火曜日

毎日がよい日であること

 最後に映画館に行ったのは是枝裕和の「万引き家族」を一人で観た時だったと思う。ちょうどその日は河瀬直美の映画の封切りで中年女性がゲートを埋めており。その「万引き家族」の始まる前に映されたのが「日日是好日」。予告を見るだけで大体ストーリー展開は予想できたが、やはり記憶には残っていた。その時はまだ樹木希林さんが存命で闘病中とも知っていた。

先日オリジナルの文庫版を古本で手に入れたので一気に読む。サブタイトル「お茶が教えてくれた15のしあわせ」の通り、二十歳の女性が茶道を習い始めてから25年間に見たこと感じたことを真っ直ぐに伝えていて爽やかな気持ちになる。

小習から始めて盆点までお免状をもらって更に教授者になって、着物や茶道具など揃えてとそれこそ一生続いていくお茶の世界。もう本当にハードルが高くて一部の人だけの楽しみになっていくのは仕方ないのだろうか。特に人が狭いところに集まって催すことができない昨今は、伝統芸能全般にとって厳しい環境といえる。

茶道の心得などほとんどないけれど、引き出しから帛紗を出してみたら捌き方だけは覚えていた。えらいもので若い頃に繰り返したことは手が覚えているらしい。この本に出てくるのはおそらく表千家のお点前で、帛紗をパン!と鳴らす所作がある。

タイトルの通り「日日是好日」は毎日が良い日、降っても晴れても、くらいの意味なのだそうだ。英語でcome rain or come shine と歌にもあるが、天候に関わらずどんなことがあってもというのではちょっと重たい。雨の日は雨の音を聴き、晴れの日は光を感じて毎日を暮らす軽やかさが、ここにある。



2021年1月6日水曜日

家庭的ということ

先日、ふと目にした広告に人気漫画家の老後の楽しみ方教本が出ていた。同じようなネタですでに何冊も出版しているのに、往年の漫画の読者が同年代になって漫画の代わりに買うらしい。この人の奥様もやはり人気漫画家で今はお子さんも独立して東京の豪邸に一人お住まいのようだ。夫の方の最近の著書では幸せな半別居生活が推奨されているようで、奥様の方のインタビュー記事からするとそこへ至るまでは相当な紆余曲折があったはずなのだが 、そういう面倒なことはすっ飛ばされている。端から家庭に無関心である一方で、絶対に離婚はしない主義を貫き通されているという。

夫になり父になることを拒否するなら別に結婚しなくても良さそうなものだが、裏切らない女を一人繋ぎ止めておきたいエゴがそこにあり、謂わば自分だけを守るセーフティーネットである。浮気をするのは自分がモテるからであって仕方がないこと。子供に関心がなくても生活費、教育費は出すのだから他人にとやかく言われる問題ではない。

この夫婦の場合は本気で意思をはっきりさせれば離婚できたと思われるが、そこまでする理由が見つからなかったそうだ。仲が悪いわけではないので、時々会うという別居スタイルがいい距離感を産んだというが、たどりついた結果でしかない。夫婦で別々に本を書けばそれぞれに信奉者がついてくるのだから結構なことである。

同い年の従妹は父親が収入の多くをゴルフやギャンブルに使ってしまうので教育費を出してもらえなかった。短大の入学費が払えなくてどうしても、とお願いしたら父親に胸を蹴られた。そのはずみで家具に頭をぶつけて怪我を負ったのだ。結局母方の祖母のへそくりでどうにか入学できたことを知って親類でお金を出し合った次第だ。そんな恥ずかしいことをされても自分の金は握って離さない、そういう父親もいる。

二つの家庭の共通点は、夫婦の一方だけがつらくてもう一方は何とも思っていないということ、そして人間として憎しみあっていないことだろうか。案外、男と女としては相性が良かったのではないかとすら思う。伯母(従妹の母)だって伯父の容姿に騙されたと言っていたし、死顔さえ「あんなに男前だったかしら」と目頭を押さえていた。モラハラ姑の面倒や受けた暴力のことなんか忘れたみたいに。

社会での一個人の顔、プライベートでの息子・夫・父としての顔。いくつものペルソナを持つことで立場も役割も増えていく。家庭に関心がないのは自分の新たな一面を見るのが怖いから、とは言えないだろうか。

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どうせ死ぬんだから

 「どうせもうすぐ死ぬんだから」と老人特有の僻みっぽいことを口にしながら、「年寄りは嫌よねぇ。若い頃はお爺さんやお婆さんがなんでそんなこと言うんだろうってずっと思ってたわ」と母は自分で言って笑っている。続けて「それはね」となかなかに深い話をしてくれた。 長く生きてもやっぱりあの世...