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2020年1月13日月曜日

音声はフリックを超えるか

何をするにもキーボードに慣れ親しんで来た世代は、どうもスマホの入力がぎこちなくていけません。ガラケーの時のテンキーを押す速さもさることながら、最近の画面をなぞるように払う「フリック入力」というやつがどうも馴染めません。

できれば両手の指でフルキー入力(QWERTY入力)したいのですが、夫のお下がりでバッテリー交換して使っているiphone5sの小さな画面では、それはかなりきついのです。

高校生の息子はそれこそすごいスピードで指を滑らせてLINEをやっとりますが、キーボードとなると全然遅くて大丈夫なのかなーと心配になります。まぁ必要が出てくればあっという間に慣れてしまうのが若さの特権であります。いいわね....。

それはさておき

昨年夏、ついにテレビが壊れました。ブラウン管のテレビと違って薄型テレビという奴はある日突然、全く映らなくなるという、そういう壊れかたなんですね。

そこでしぶしぶ4Kテレビにしましたら、もうちょっとしたコンピューターを搭載してましてAndroidで動くんでびっくり。YouTubeを大画面で見よう!と喜んでいたらまたも検索で四苦八苦するはめに。リモコンで画面のキーボードが操作しにくいったらありません。
そこで初めて、スマホでもあんまり使っていなかった音声検索をしてみたら....
ほーら上手くいくじゃないですかー。
ただし、英語は精一杯、発音良くしゃべりましょう(爆)
When you search English words on TV, speak clearly as possible as you can.
やで。

後日実家の母にiPadで音声検索の仕方を教えたら、ものすごく感謝されました。
中高年には音声検索、おすすめです。

2020年1月8日水曜日

同時進行という概念 その4

現在に時間を戻す。
PC画面の小さな人形のマークをクリックするとユーザーが切り替わる。パスワードで保護されていて、ファイル等は共有しない限り独立した環境でお互いを干渉しない。実際には無制限というわけでないが、望めばアカウントはいくつも作ることができる。いわばパラレルワールドである。

壁紙の雰囲気を変え、仕事用とプライベート用と気持ちを切り替えたりする人もあるのだろうか。切り替えの苦手な私は現実の暮らしでさえ、そこに自分が本当に存在するのか不安になることがある。かつてアルツハイマー性認知症だった義母が言っていた、「いつも夢を見ているみたい」な感覚を実は常に感じて生きている。

同時進行という概念 その3

やがて本屋に「やってみようパソコン通信」などという雑誌が出始める。インターネットって米軍の技術なんでしょ?パソコン通信なら国内だし安心かも???余計に危ないことも知らず何でもやってしまうのが若さのパワーである。

固定電話のモジュラージャックを外してパソコンに繋ぐ。
ピーヒョロヒョロ、カーンカーンカーン
サービスは情報提供中心で後の携帯電話へ繋がる内容に加えて、フォーラムとかいう後の掲示板やら○ちゃんねる、さらにはツイッターやSNSに発展する交流の場がすでにあった。個人間のメッセージ交換、グループチャットなど今のサービスの原型が揃っていたが、明らかに違うのはパソコンに電話回線を直接つないでいる窮屈さ。早く回線切らないと電話代でおこられちゃう。「/E」を入力だ。

その頃近所の中学生は公衆電話のところにたむろして、ものすごい速さでボタンを押しまくっていた。ポケベルのメッセージ機能が充実して「88951」(早く来い)とかではなく絵文字まで送って楽しんでいるという。おじさんの携帯電話が肩掛けからトランシーバー型になったそうな。バブルが弾けたというのに、何なんだろうこのうねりは。

同時進行という概念 その2

父がWindows3.1搭載の一体型パソコンを量販店で買ってきた頃から、少しずつパソコンに親しんできた。それまで黒い画面に蛍光色の文字が並んで、ベーシックを組んで計算するとか理数系科目に弱い私には無縁の世界と思っていたのに、白い画面に絵がついていたりゲームできたり面白そう。尤もインターネット普及以前の話である。

父は理系のくせにワープロをちょっと使う程度で結局飽きてしまったが、私たち20代は物凄いスピードでネット社会の濁流に飲み込まれていった。米国の学生は一人一台コンピューター持ってるらしいよ、Macってワープロの字はひどいし日本語変換は「書院」の方が優秀だよね、「一太郎」って使えるの?そんな会話に入れないまま研究室を中退したんだった。せっかくパソコンがあるなら使ってみたい。

デスクトップに複数のソフトを立ち上げて切り替えながら使い、ファイルをフォルダに入れてしまう。机の上に本とノートと辞書を出して作業し、ノートにラベルを貼って棚にしまう。実務をすれば1日で身に付くところを、のろのろと迷走しながらイメージしていく。

同時進行という概念 その1

仕事柄、パソコンを良く使う。
とはいえ使う機能としてはかなり限定的だし、表計算ソフトなどは申し訳程度に触る程度でほとんどブラウザで事足りてしまう。画像処理などもMac付属のソフトかオンラインで大抵のことはできてしまうので、最近は本格的なデザイナーでもなければ「フォトショ」や「イラレ」のような値の張るソフトは特に必要ない。

正直タブレットPCでもいいのかもしれないが、長年親しんだキーボードなら素直な気持ちが書ける気がする。ブラインドタッチは練習不足で不完全だけど、のんびり話すのと同じくらいのペースで文章を書くくらいの事はできるから不自由していない。

パソコンはここ数十年で大きく進化したけれど、知識のストレージとしての概念はやはり人間の脳がモデルになっているのではと思う。このPCでは画面を開くとアカウントがいくつかあって、仕事用・プライベート用・息子用・ゲスト用と住み分けている。ハードディスクを分け合っているとはいえ、クラウドサービスなどで外部のサーバーと繋がっていたりするので玄関は並んでいるがそれぞれマンションを1棟ずつ持っているような感覚である。


モーニングページを始めようと思うけれど

とり合えず始めてみようということが、できない。たぶん消しゴムを使うことに慣れると、そばに消しゴムがないと落ち着かなくて勉強できなくなったりするようなものかとも思う。だからこそ手書きでどんどん買いていく作業が私には必要なのかもしれない。 もやもやする、何か上手くいかない、そんな時に...