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2020年4月14日火曜日

なぜヒトは繁殖能力を失っても生きるのか

地球上の生物でヒトは繁殖能力を失っても長生きする極めてまれな生物だ。
チンパンジーもゴリラも寿命の終わり近くまで子を産み育てることができるというのに、ヒトの女性の繁殖期間のなんと短いことか、嘆かわしい。

今のところ、閉経後も長く生きる生物はシャチなど一部の海洋哺乳類に限ることがわかっている。シャチはオスが50歳くらいで寿命を迎えるのと対照的に、メスは40歳くらいで閉経し、90歳くらいまで生きるものもいるという。調査では孫の面倒をみる習性が数多く確認されており、閉経したメスのいる群れは子供のシャチの生存率が高いという。

生物学の福岡伸一先生(「動的平衡」でご存知の方も多いはず。私にはとても難しいのだけど)によれば、こうした孫育てによる子孫繁栄を目的とするのもヒトの長生きする要素とも言えるが、それだけでは説明が不十分だと言う。

確かに女性の場合、出産・子育て期間に月経が止まることで身体への負担を軽減することができる。母乳育児で乳がんリスクを下げるという研究報告もある。しかし子供を作らないからと言って寿命が短くなることはない。

「ヒトは知能を得て、遺伝子というものの存在を知り、その企みを知った。そして遺伝子の企み熟知した上で、なお、種の存続よりも個の存在が重要だという思考に価値を見出した初めての生物となった。」講談社オフィシャルウェブサイト なぜヒトにだけ「長い老後」があるのか? 生物学者・福岡伸一の答え
結論として、「老いる」ということは自由になること、なんだそうだ。

実家の母は一人しか子供を産めなかったが、二人の孫の成長を見守ることができたのが何よりの幸せと言う。母に自由はあったのだろうか。私はもし叶うなら孫の顔も見たいと思うけれど、自由になる感覚も味わってみたい。

2020年3月4日水曜日

虫めづる日々

子供の頃、虫はあんまり好きではなかったのに庭木の選定や草花を植えたりするうち、だんだん可愛いやつもいるなと思うようになった。

10年くらい前だったか、近所の方からお子さんにとカブトムシの幼虫をもらった。
何でも庭に飛んできたのを捕まえてオスメス一緒に飼っていたら卵を産んで、それが幼虫になってを何度も繰り返してきたという。下のお子さんが中学生になって世話をしなくなったので、残っていた幼虫のもらい手を探していたのだそうだ。

他からも何匹かもらって一緒に飼っていたら、全部成虫になり一匹だけオスが生まれた。夏の終わりには腐葉土のマットの中に白いつぶつぶがいくつも見つかる。やがてつぶつぶは小さな幼虫になって冬を越す。

翌年のケースはすごく賑やかだった。毎日の昆虫ゼリーの消費量も馬鹿にならない。オスメス5、6匹ずつくらいいただろうか、やたらに体の大きいオスがあまりに喧嘩ばかりするので案外、卵は残らなかった。夜中もガサガサうるさいので気持ちが悪くなり、翌年は数を減らして繁殖は最後にしたと思う。

感動的だったのはキアゲハの羽化を見た時。パセリについたキアゲハの幼虫が可愛くて割り箸にさなぎを作らせて毎日の変化を楽しみにしていた。羽化の時、しわしわの羽に体液を送りゆっくり羽を広げていく。最後に飛び立つ前は結構な量のおしっこをして体を軽くする。モリモリ葉っぱを食べて愛らしかった頃とは全然違う姿で、悠々と飛んでいく。伴侶と出会って卵を産むためだけの姿で。

解剖学者で虫好きで知られる養老孟司さんが、昆虫の変態について「二つの種が合体した」「ケムシとチョウはもともと違う生き物だと考えるほうが自然」と表現しているのが頭から離れない。(新潮社WEBマガジン「考える人」対談 池田清彦×養老孟司「虫との大切な時間」)
自分も繁殖の時は別の生き物だったかもしれないと思うと、妙に納得してしまった。
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2020年3月3日火曜日

バトル開始。親父VS息子

息子の進学先がようやく決まり、話し相手が戻ってきたとばかりしばらくは大変上機嫌な夫だった。が、その蜜月もそろそろ終わりが差し掛かったか、しだいに不穏な空気が漂い始めている。

とにかく長男が幼かった頃は可愛さ余って口出す手出す干渉しまくりで、それもかなり自己中心的かつ気まぐれ。子供への対応では流石に私も声を荒げる事もあったように思う。親は自分の背中を見せる、つまりかっこ悪い思い出なんかを話してやる方が自信がつくと思うのだけど、彼の場合はとにかく喋りたいことを喋る。そうやって育ったのかもしれないし、私が相当うるさく言ったので手はあげなくなった。溢れる一方的な愛があるので長男本人もそこは納得していて自分が悪いと言う。いや、そうじゃないんだけどな。

先日もパソコン購入を巡ってやり込められ、例によって何も言い返せずただ萎れている。
完璧に欲しいスペック、価格の物なんてないのだし欲しいものを買えばいいと思う。大学生協おすすめは確かにいくらか安いし、説明も一律だから最初は安心感があるかもしれないけど、多少の不安材料は何とかします困ったら助けてくださいと何故言えない。

長男は不器用で素直だから永遠に父親には勝てないと思い込んでいる。ガチでやろうと思うから気持ちが萎えるのだ。つい援護射撃したくなる気持ちを抑えつつ、悶々としてしまう。それに今は夫婦の間に波風立ててまでバトルを応援する気力や自信がないのだ。願わくば良い大人、先生、友人に恵まれますように。あまり家に居つかないように。

その点、次男は要領が良いし時に恐ろしいほど太々しく父親に似ている。いつかやり込めてやると虎視淡々と狙っているようにも思える。

なんだかんだ言って男三人仲は悪くないのだが、また新たなステージに入ったなぁと大きな靴の並ぶ玄関を見てため息をつく。

2020年2月19日水曜日

誕生日に

次男の出産後、まる一日経った朝は私自身の誕生日でした。ワゴンケースに入れて新生児室から連れてこられた赤ん坊は小さく、帝王切開で産んだだけにもう少しお腹に入れておけば良かったと可哀想になりました。やや生臭い誕生日の話。

長男の時は臍の緒が首に絡んで心拍が下がり、緊急手術になっただけに「とにかく死なんでくれ」とそれだけ祈る思いでした。天神祭の夜にふさわしく外は雷、激しい雨が窓を叩き、高速を飛ばして病院に駆けつける夫、早朝の手術の連絡を受けて始発できてくれた実家の母。てんやわんやの大騒ぎ。

代わって次男と二人、かすかに春の日ざしが入る小さな病室で静かな誕生日を迎えました。手術で出産しても母乳がきちんと出始める人体の不思議。出始めの初乳は黄色く、新生児に必要な免疫をつける成分が含まれているそうで。

私自身は相当な難産で生まれたと聞いています。当たり前のことですが、誕生日というのは母親の出産記念日なのですね。どこか他人事なのは、自分の名前を自分で決められない窮屈さにも似ています。

もうこんな歳になって誕生日なんて嬉しくないとかではなく、この世に生を受けたことを受け入れ、意識してみる日でありたいと思っています。

2020年1月12日日曜日

余命、10年。

時々、思い出してハッとすること。
こんな願掛けをしたことを思い出して。

「神様どうか、子どもを授けてください。
80歳まで生きるなら、10年の寿命をお返しします。」

それを2回繰り返してしまいました。
若かったんですね。

それじゃあと10年そこらしか生きられないってことですか?
わわわ。

まぁそれでも約束したなら仕方ない気もして、
お釣りが出ればラッキーと思うことにしましょう。
お釣りの人生なら少しでも面白いことをしたいものです。

日経電子版に長いぐうたら主婦生活にも活用できそうなヒントがありました。
難しい定年後の「地域デビュー」 50歳から準備を

生まれつきの気質とも上手くやっていかねばならぬ私。
最後は周りに迷惑をかけず、ひっそり消えてしまいたい。






2020年1月8日水曜日

地元を作る

社宅アパートで幼少期を過ごしたことを書いた。
しげるちゃんと白黒テレビの画面を叩いて壊したことを繰り返し聞かされたが、思い出すのはしげるちゃん家のロボコンふりかけが羨ましかったこと、裏の田んぼで遊んだこと。

後にゴルフ場に囲まれた新興住宅地に移り住むが、母が町内会で旧地区の柄の悪い輩に絡まれたこともあり地元中学に進学しなかったこともあって、ここは故郷ではない。かといって父の出身地も縁あって学生時代過ごしたが、2、30年も経つとちょっと違う。

息子は幼稚園・小学校・中学校・高校まで全部市立で通している。旧市街ではなし、親が他府県出身だけにPTAでも多少浮いているが息子にとっての故郷はここ以外にない。生まれた時は育児ノイローゼ気味の私を案じて母が泊まり込みで世話をしてくれ、夫の弁当まで作ってくれた。赤ちゃんの時から長くここを離れたことなどないせいか、遠くの学校へ通うという発想がないという。それはそれで困ったことかもしれない。

モーニングページを始めようと思うけれど

とり合えず始めてみようということが、できない。たぶん消しゴムを使うことに慣れると、そばに消しゴムがないと落ち着かなくて勉強できなくなったりするようなものかとも思う。だからこそ手書きでどんどん買いていく作業が私には必要なのかもしれない。 もやもやする、何か上手くいかない、そんな時に...