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2020年6月13日土曜日

慈母観音伝説

大正生まれの祖母は晩年、市街の北外れにあるサ高住に移った。年金で足りない分は父が出してあげて、それも祖母はご自慢であった。入居した頃のホームは自由な経営方針でイベントも盛んだったから賑やかな性格にぴったりだった。気に入った介護のお兄さんにこっそりチップを渡したり、高いフルーツを注文したり、食堂に行く時の服装にこだわって2人の娘(私からみて叔母と伯母)を呆れさせたり。

これまでだってお金持ちだったことは嫁入り前の数年しかないのに、ずっといいとこの奥様風で通す徹底ぶりだったとか。むしろ奥様風なのが却って嫌味がないというか、生来のコミカルさもあって愉快な人だった。

後で聞いた話だが、そんな祖母が94歳で亡くなる半年くらい前、ホームでセクハラ事件が起きた。問題になったのは介護の青年で、ある女性入居者から入浴介護中に意図的に身体を触られて嫌だという被害報告を受け、祖母の入浴もその青年の担当ということでホーム側から謝罪があった。母が見舞いに行って「お義母さん、かなんかったですねぇ」と労うと、祖母は笑って「どもあらしまへんえ。」とにこにこ嬉しそうに答えたという。

「おばあちゃん肌が白くてぽよぽよで鏡餅みたいなお腹だったから、思わずってこともあるんじゃない?」「家でお風呂入れた時、おっぱい可愛らしいわぁって褒めたらものすごく嬉しそうだったしね」さんざん母と笑った後、あれは件の青年への配慮に違いない、おばあちゃんはやっぱり偉いと締め括った。母曰く、あの青年は何度か見たが、何か屈折した感情があってもおかしくない暗さがあったそうだ。

夫婦の不仲や家庭内暴力、息子の精神疾患など苦労は多かったが、短歌や謡など趣味も欠かさなかった祖母。能楽関連の本もたくさん読んでいた。謡曲は古今東西の古典を引用しつつ老若男女貴賤都鄙の情感を詰め込んでおり、普段口にしにくいような恋慕や執着も多く題材にある。

祖母もまた文学の中に人生を投影し、味わい深く生きたのだ。だからあの青年の暗い部分も優しさで包み込むことができたんじゃないかと、長生きの意味を見せられたような気がした。本人に真相を聞いたとしても、おまんを頬張りながら「そんなことうち知りまへんえ。」なんだろうけど。

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2020年5月26日火曜日

気持ちに染みる時代の曲

学生の頃の話。友達がStonesのショップに行きたいと言うのでついて行った。その子も私もロックが特別好きなわけでもない。要はその子の彼氏がギターをやっていて、The Rolling Stonesのギタリストが嵌めている銀のドクロの指輪、もちろんレプリカをプレゼントしたいということ。

で、二人しておよそロックとは無縁な服装でショップに入る。唇からベロの出てる巨大なパネルが天井から下がっており、所狭しとTシャツやら灰皿やらファングッズが並んでいる。何度も来日しているからきっとミック=ジャガーのサイン入りのグッズもあったような気もするが、全くそのありがたみがわからない私達。目的のドクロの指輪を手に入れて、その彼氏が喜んだかどうだかその後は知らない。

先日テレビをつけたら新しくリメイクされたハクション大魔王のアニメが始まったところだった。オープニングは和製ロックのベテラン奥田民生の曲らしい。もちろん子ども向けのアニメなのだけどサビのところで♪(サティス)ハクション〜  あれ、これってsatisfaction ?
あの忘れられないイントロで始まるStonesのヒット曲のオマージュだ。

明らかに一緒に見ている親世代、もしかしたらおじいちゃん世代を狙っているのだ。
ドクロの指輪を嵌めて孫とハクション大魔王を見てたりするんだろうか。
元の歌♪I can get no  satisfaction は1965年リリースなんだそうで。
今聴くとあれ?なんだかこう、染みるのは何故。

この4月、新型コロナウイルス対策支援のバーチャル・コンサート「One World: Together at Home」がレディ=ガガの発案で企画されたという。YouTubeを開くと、web会議システムを利用してStaonesの主要メンバー4人がYou Can't Always Get What You Wantを披露している。どの曲を選ぶか、それぞれの思いがこめられているのだろう。

ひと月遅れで視聴しているが、実に多くの人気アーチストが参加している。
Stonesと同世代、ポール=マッカートニーは第2次世界大戦下に看護師だった自身の母親のことを話し、Lady Madonnaを歌う。Thank you, thank you, Madonna. と医療従事者を労った。

2020年5月25日月曜日

EBTG考

特に音楽好きではないけれど、1990年代後半は何がなんでも洋楽でした。音楽はレコード・CDからダウンロードするもの、果てはサーバーから配信されるものに変化した今では洋楽という言葉自体がもう死語。輸入盤だと歌詞カードがついていないとか、今の子に言っても分からないでしょうね。一応、和訳がついてたりするのですが、それが何とも意味不明だったり。歌詞なのだから元が意味不明なことだってあるだろうけど、微妙なニュアンスみたいなものを別の言語に訳すのは、語学力はもちろん文学的センスが要りますよね。

その頃偶然ラジオで知った英国ネオアコースティックのユニットEverything But The Girl (Tracey Thorn , Ben Watt)の曲を繰り返し聴いていました。サウンドも詞も繊細で、こんなのあるんだなぁと。バンド名は、大学の前にあった雑貨店の名前:Everything But The Girl 「この娘以外は何でも」を気に入ってつけたとか。

アルバムAmplified Heartから大好きな曲のさわりだけ紹介。
和訳も例によって適当。簡単な単語ほど真意が分からなくて苦労します。
世の中、語学レベルが上がったからみんなすぐ分かるのかなぁ。

GET ME
I never thought I'd grow up so fast, so far
To know yourself is to let yourself be loved

And I wanna be addicted
I wanna be secure
I wanna wake up after the night before
But do you get me?
Do you ever get me?

こんなに早く大人になるなんて思わなかった
愛されて気付くことがある
夢中になって
安心させて
あの夜の後に戻りたい
でも言ってることわかる?
わかってないよね?


特に二行目が直訳すると「自分を知ることは自分自身を愛されるようにすること」
GoogleTranslateだと「自分を知ることは自分を愛することです」ってますます訳わからんではないですか。歌詞の後半には「私は箱の中の石。時計の中のぜんまい。私を手首に巻き付けたっていいの。1日に10000回話しかけちゃう。」なんてフレーズがあります。
YouTubeのコメント欄にどっかの英語圏の女性が「ここの歌詞が素晴らしい!」と絶賛しているけど、誰か教えてくれませんかね???

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2020年5月24日日曜日

私の耳は貝の耳

以前、金魚の水槽にカワニナという小さな巻貝を入れていました。元は水槽の壁をきれいにする目的で石巻貝を買ったのですが、数年経って死んでしまいました。その代わりに近所の川でたくさん繁殖しているカワニナを10匹ほど頂いてきたという訳。

結構大きくなった個体もありましたが、条件が悪かったのでしょうか、いつのまにか殻に穴があいて弱り金魚に食べられてしまったようです。

二枚貝はヒンジのところ、巻貝は一番尖ったところが稚貝の頃の殻になります。そこから少しずつ成長して殻を伸ばして大きくなったのですね。だから子供の頃の部分が一番薄くて脆いのを天敵は知っていて、狙って攻撃するとか。ヒトに例えるのは可笑しいのですがなんだかかわいそうになります。

この渦巻きは、生きてきた軌跡。

ヒトは過去の膨大な記憶を、儚い信号に置き換えるためこんなに大きな脳を持ったのでしょうか。母体から出られるギリギリまで胎内で頭を大きくし、頭蓋骨もつながらないうちから言葉を発する。重心バランスが悪いので1年経ってようやく歩く。

人の一生を貝の模様に収まるくらいシンプルにまとめて並べておけたらどうでしょう。
模様には、よくみると個性があってその人らしさが感じられるような。
その人を知る人がいなくなったら、水に溶けてなくなってしまうような。


2020年5月11日月曜日

雨の夜に読む

和歌なんてよく分からないけど三夕の歌なら知ってる。あれでしょ秋の夕暮れ。春だけど。

赤ちゃんは泣き、認知症のおばあちゃんは徘徊する魔の時間帯。早い夕飯の片付けを済ませて窓を見ると、まだ空はほの明るかった。ぽつぽつと雨も降り出している。パンデミックは終焉と見切りをつけて外出自粛が緩和されようとしているニュースに、まるで不登校の子が新学期に怯えるような気持ちになっている。夜が更けるにしたがって雨は強くなってきた。

人恋しいが懐かしい人にアクセスする気になれない。元気でやっているなら今はそれ以上話すこともないから。ふと学生時代のルームメイトを思い出し、彼女の読んでいた本に今更ながら興味を持った。同い年とは思えぬ落ち着いた学生でミュージカル好きでお茶目な一面もあったが、自分は容姿に恵まれないから恋愛とか煩わしいし早く中年になりたいと言っていた。その実、繊細で感性は鋭く美的センスも高かった上、抜群に頭が良かったので大学の先生方のサロンにすいっと入っていき、学問まっしぐらではなくキュレーターの道を選んだ。そんな彼女の愛読書の一つが宮本輝の小説で、よく読みかけの文庫がぽんと置いてあったような気がする。ずっと趣味じゃないと思ってきたけど、こんな時こそとkindleで代表作「錦繍」を買って読んでみる。ヴェトナム語 英語 スペイン語 中国語 韓国語 フランス語 ヘブライ語 ロシア語に翻訳されて海外ファンも多いらしい。


背景は昭和60年頃。建設会社社長の娘亜紀と恋愛結婚、将来も約束された男。色街の女と心中未遂、女は死ぬ。一命を取り留めた男は妻から去り、10年後偶然に再会。手紙のやり取りの中で登場する人物の性格が色とりどりで、陰鬱になりがちな場面に明るさを添えている。特に亜紀の父が好ましく思えるのはこの歳になったからだろうか。

あらすじだけ追うと男の浮気が肯定的に描かれ、女の母性が美化される傾向が目立ち、令和の時代においては男の願望と一蹴されるかもしれないがそこは大目に見て欲しい。離婚から時間が経ちお互いを許し理解し互いの幸せを願うに至る、羨ましいほどの思いやりが汚れてしまうからである。

さて20歳そこらで秀才の彼女が「錦繍」を好んで読んだかは分からないが、もしそうだとしたら彼女はもう大人の恋愛を経験していたのだろう。同年代の男子など眼中になかったから、相手はかなり歳上の学者先生と見て相違ない。一緒に豊川悦司と竹ノ内豊どっちがいい男?とか言ってふざけてた時も、誰にも言えなくて報われない恋をしていた?想像したら涙が出てしまう。あくまでも憶測なので全く見当違い、失礼千万かもしれないのだけど。

進歩と調和

母の日のイベントとして子孫揃って食事をしたり、花束やお菓子を贈ったり。何かしら贈り物で感謝の思いを伝えているご家庭は多いだろうなと思いつつ、毎年となると続かない。一緒に盛り上がってくれるきょうだいでもいれば話は別なのだろうか。

夫の生家では母の日・父の日・誕生日などのイベントやプレゼントは欠かさず、義母から夫の誕生日にバースデー電報が届いた時もあり、風変わりな家だなと思った。もちろん息子たちの誕生日は盛大に祝ってきたし、幼稚園で描かされたであろう「ままだいすき」プレートに涙して喜んだりもしたけれど。記念日を祝う文化を根付かせなかったのはたぶん私のせいなのだろう。記念日って何故かしみじみしてしてしまって、それが本来面倒くさがりの人たちに伝播してしまったんじゃないかと、少し反省している。

COVID-19の影響で花屋さんが苦境に立たされ「母の日」を「母の月」として月間を通じてお母さんに花を贈ろうキャンペーンをしている。実家の母に聞くと決まって「水を換えるのもしんどいからお花は要らないわ。お腹もあんまり空かないしね。私の代わりになんか美味しいものでも食べなさいよ」となるので、また長い長い電話に付き合う。たぶん私も息子にそう言うんだろうと思いながら。

長電話で懐かしい祖父トシオの話が聞けた。
名神と東名高速道路がつながったからと、母を連れてハイヤーで東京まで。赤坂プリンスホテルの部屋から皇居を見て「これは不敬に当たるのでは...」と絶句していたとか。
母が懐妊した頃、体調が安定せず実家にいることが多かった。ちょうど大阪万博が開催中、祖父は新しいもの好きが昂じて毎週のように出かけていたとか。体調が落ち着いたら待ってましたとばかり母を連れ出して比較的空いているスイス館でステーキ食べたとか。そんな祖父に当時大学生だった叔父(母の4つ違いの弟)が「なーにが進歩と調和や」とつっかかるので喧嘩になった話とか。

戦後肺結核で死にかけ、最愛の妻は看病で感染して亡くなった。死に物狂いで小さな会社を経営し、最愛の息子を海外で亡くし、苦労や悲しみの多い人生であった。けれど、新しいもの綺麗なもの美味しいものへの憧れは桁外れで、それが生命の源だったから前を向いて全力完走できた。きっと思い残すことなど何も無かっただろう。


2020年4月27日月曜日

白い木の花

晩春から初夏にかけて木の花が盛んに咲いて新緑に映える。我が家には白い花をつける草木が多く、ウメ、ハナミズキ、小手鞠、鳴子百合、ドウダンツツジ。

ドウダンツツジは漢字で書くと灯台躑躅。枝分かれしている様子が明かりを灯す台の脚に似ていることから名付けられたとも。小さくプクッとふくれた花が細かな葉の間からこぼれるように下がって愛らしい。引っ越してきた時は瀕死の状態で枯れかかっていたが毎年少しずつ復活してきた。秋には真っ赤に紅葉し、葉が落ちると茶色い実がパチンとはぜるなど一年を通じて楽しませてくれる。

昔住んでいた家にはこれの大きな木があって、低木ながら存在感があった。
昔はマイホームを建てて、庭に高価な庭木を植えるのが一種のステータスであったのだろう。ダム建設で補償金をもらった農家が建てた家というのも近くにあって、庭木の数々はもちろんのこと立派な灯籠に巨大な庭石やらビーナス像まで所狭しと並べてあった。見たのはランドセルをカタカタいわせて歩いた通学路と記憶しているが、なんとも言えない趣味だった。

我が家にもツツジやモクレン、ヒイラギ、ヤシの一種、コノテヒバなどもっと木が植っていたが手狭になったり手入れが大変なので切り倒した。植木屋に頼むのがもったいないのに庭木を植える資格などないのだと、ブツブツ言いながら一人で切り倒した。
別に植木屋を入れたい訳では全くないのだが....

2020年4月7日火曜日

庭のハナミズキ

我が家には大屋根を越えんばかりのハナミズキの木が植っていて、一度トーテムポールと見紛うばかりバッサリ切ったにもかかわらず、また数年後同じスケールに育った。
種から育った苗木も、いつのまにか私の背を越えて立派に成長している。

この時期、枝の先々に小さなつぼみをつけて春爛漫の強い日差しを受けている。やがて4枚の白い花弁をゆっくりと大きく広げてくるだろう。

ハナミズキは一説には犬の病気に薬として使われたことから英名dogwoodと呼ばれる。
1912(大正元)年、日米親善にワシントン市に贈られた6000本余りの桜の返礼に、3年後ハナミズキ60本が東京市(当時)に贈られた。この話はいつか、英語の教科書で読んだ。

ハナミズキといえば今から15年前、この花の名前の歌がヒットしたのを覚えておられるだろうか。一青窈(ひととよう)の「ハナミズキ」は2004年のカラオケランキング一位を獲得したとか。10年ほど後に卒業式か何かで息子がクラスで歌うことになって、この曲が9.11アメリカ同時多発テロにインスピレーションされて作られたと教えてもらった。なるほど、歌詞が意味不明で難解な訳である。歌詞(外部リンク)

「♪君と好きな人が百年続きますように」の部分がヒットにつながったらしいけれど、
「♫どうか来てほしい、水際まで来てほしい」辺りはやはり子供を残して死んでいく親のイメージが浮かんできて、ぞくっとする。

ハナミズキの木がキリスト磔刑の十字架に使われた、という話はアメリカで出来たに違いないけれど、4枚の花弁を十字に見立て信仰のシンボルツリーとして人々が心の拠り所にしたのは想像に難くない。

木の花の物語。興味深い。



2020年3月7日土曜日

お墓が欲しい♪

夫の両親の墓参りに行った。このお墓、義父が亡くなる1年前にどうしても買うと言って聞かず場所も値段も一切の相談なしに決めてしまった。当然私は大反対した。しかも義父はさらっと電話で「○百万円足らないから」と言ってくる。毎月の仕送りもきついのに今度はお墓か、病院の診療費も滞納していて呆けた義母のとこにも帰っていないのに、この家はどうなってんねん!怒り心頭に達すとはこのことだった。義妹は「父が欲しいといってるものになんで文句つけんの!」と怒るし、夫は「オヤジは車を買うような感覚なんや」これもよく分からない。

そうこうするうち、フル装備のセットが出来上がって開眼供養となる。先祖って言ったって中身がないので、親切?にも義妹夫婦が先代の田舎まで一走り、無断で本家のお墓周りの土をひとすくいもらって帰って義父を安心させた。

これも「長男がすることやろ」「そんなん頼んでない」と兄妹バトルに発展したのだろうか、もう忘れた。開眼供養の日はうだるように暑く、とにかく汗が止まらなかった。義父は杖をついてヨロヨロと導尿の袋をぶらさげて現れ、いつものように無邪気に笑って見せた。

義父は女手一つで育ててくれた自分の母には特別の感情があり、病院で息を引き取るまでの1ヶ月ほどずっと病室で寝泊りしていた。教会に預けていた遺骨は自分が死ぬまでにどうしてもお墓に納めておきたかったのだ。そう言ってくれればいくらか納得するのに、うちへ来ても携帯電話でずっと喋ってるし、およそ義父とは意思疎通など皆無だった。

間も無く義父が逝き、義母が逝き、今は納めるところがあって良かったと思っている。
毎月夫はお墓の管理を欠かさない。家の庭の手入れは一切しないのにである。





2020年3月6日金曜日

何を好き好んでPTA

先に外国籍の友人からなんでPTAの役をやるの?と聞かれた話を書いた。
PTA本来の目的と意義から今回は大きく外れて、個人の参加動機についてレアな例をあげてみようと思う。

誰かがやらないと、というのが表向きの回答なのだが実は本当の理由があって、その一つは情報収集能力が低い上の苦肉の策というべきか。

女子的会話が極めて苦手で直接には無関係の人のマイナスイメージなど聞くと、もやもやする。それよりオフィシャルに集う人間関係から聞く情報が欲しい。男子は学校であったことなんて聞いても話さないし、話しても自分の話したくないことは言わないものだ。私だって親が心配するようなことに限って話さなかったから。

もう一つは話題の共有。夫は息子たちの中学校・高校には一度も足を運ぶことはなかった。必要がなかったと言うんだろうけど、寂しくないのかなと思う。私は女親が家族間の接着剤的役割を果たすこともあろうかと、学校の草むしりなどは積極的に行った。汗臭い体育館や壊れかけたウォータークーラーを見るだけの日もあれば、何の配慮かトイレのドアの男女のサインが外してあって困る日もある。何気ない先生の口調やふと気づいたことが、息子や夫との会話に繋がることもあるからだ。

さらに前年度の完全トレースであっても、引き継ぎから次へ引き継ぐまでに関わる人の個性はにじみでるもので、つまらない伝達や報告にしてもイマドキの方法やスマートな表現に触れるとやってて良かったと思える。

小学校のお役は確かに負担だ。小学校PTA委員選出の日など寒い教室で1時間以上役員が決まらずなんてことはザラにあったし、この役は無理なんですぅと泣かれて重い方の役を押しつけられたこともあった。裏でベロを出されていたかもしれないけど、逆に会うたび感謝されても気持ちが悪い。その活動たるや、ほんっと意味ねぇ!と思ったことは度々だったけれど他にやりたいことがあるならもっと早くに見つかっている筈と納得する。

悲しいかな、失敗や不快な思いをしないで暮らすことは生きている実感を失うことでもある。女子トークは、やっぱり苦手だけど。


鳥啼き魚の目は泪

お買い物専用になって久しく、あまり活用していなかった軽自動車を売った翌日。息子の自転車を借りて野菜を買いに行こうと思ったら、「友達とブックオフに行くー」と出かけてしまった。元より車は夫が釣りに乗っていって車庫は空、仕方ないので徒歩で直売所へ向かう。

農道を通って帰れば、畑にはソラマメがすくすく育ち、空の青、雲の白、小鳥のさえずり。まさに春爛漫の景色に背中のカバンの口が開いているのも道ゆく人に指摘されるまで気づかない気の緩みようである。あまり乗らなかった車なのに、意外にも傷心気味なのだ。「ドナドナ」を歌いたい。

ウグイスのさえずり・警戒の声、お腹が橙色のジョウビタキ、白黒お洒落なセグロセキレイ、一瞬見えたカワセミ、魚をねらう大きな白いサギ、ガーガー鳴くカモたち。にぎやかな鳥たちの向こうにはメガソーラー の工事が進んでいる。

かつて親しかった人が利用していた貸農園は荒地になっていた。笑顔が素敵で、新鮮な野菜や手作りの美味しいものをこしらえてはみんなに分けたり、子供たちを集めて楽しいことをする天才だった。親類のゴタゴタ・経済不安や学校ボランティアで心折れそうな私を支えもしてくれた。どんなお返しをしたら喜んでもらえるかと考えるうち、彼女の一家は東北へ引っ越して行ってしまい、不登校の息子さんのことも聞けず仕舞いで疎遠になってしまった。社交的な人だったので親しい人はたくさんいたのだが、話しにくいのか本当に知らないのか誰に聞いてもさぁ…?という反応だ。

いつか楽しい土産話を持って彼女の住む東北を訪ねたい。あの時はありがとう、と言えるまで待っていて欲しい。

2020年3月4日水曜日

虫めづる日々

子供の頃、虫はあんまり好きではなかったのに庭木の選定や草花を植えたりするうち、だんだん可愛いやつもいるなと思うようになった。

10年くらい前だったか、近所の方からお子さんにとカブトムシの幼虫をもらった。
何でも庭に飛んできたのを捕まえてオスメス一緒に飼っていたら卵を産んで、それが幼虫になってを何度も繰り返してきたという。下のお子さんが中学生になって世話をしなくなったので、残っていた幼虫のもらい手を探していたのだそうだ。

他からも何匹かもらって一緒に飼っていたら、全部成虫になり一匹だけオスが生まれた。夏の終わりには腐葉土のマットの中に白いつぶつぶがいくつも見つかる。やがてつぶつぶは小さな幼虫になって冬を越す。

翌年のケースはすごく賑やかだった。毎日の昆虫ゼリーの消費量も馬鹿にならない。オスメス5、6匹ずつくらいいただろうか、やたらに体の大きいオスがあまりに喧嘩ばかりするので案外、卵は残らなかった。夜中もガサガサうるさいので気持ちが悪くなり、翌年は数を減らして繁殖は最後にしたと思う。

感動的だったのはキアゲハの羽化を見た時。パセリについたキアゲハの幼虫が可愛くて割り箸にさなぎを作らせて毎日の変化を楽しみにしていた。羽化の時、しわしわの羽に体液を送りゆっくり羽を広げていく。最後に飛び立つ前は結構な量のおしっこをして体を軽くする。モリモリ葉っぱを食べて愛らしかった頃とは全然違う姿で、悠々と飛んでいく。伴侶と出会って卵を産むためだけの姿で。

解剖学者で虫好きで知られる養老孟司さんが、昆虫の変態について「二つの種が合体した」「ケムシとチョウはもともと違う生き物だと考えるほうが自然」と表現しているのが頭から離れない。(新潮社WEBマガジン「考える人」対談 池田清彦×養老孟司「虫との大切な時間」)
自分も繁殖の時は別の生き物だったかもしれないと思うと、妙に納得してしまった。
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2020年3月2日月曜日

酒と泪と女と花と

かつて義母が認知症が進んで一人暮らしが限界に来た頃、肝炎による肝硬変も相当に進んでいた。少しのアルコールも身体に応えたに違いないのに、そんな事も忘れてスーパーでワンカップ大関とスプーン印の砂糖1kgパックを買ってきてしまう。ワンカップの方は飲み切ってしまうが、砂糖は直接!?食べるのか封を開けたものがそこかしこに置いてある。

介護サービスを使いつつ、主治医に告げられた通り5年後肝癌になって亡くなった。介護施設ではフラワーアレンジの日が楽しみで、うちに帰ってからも毎日生け替えたり庭の草花を摘んで添えたりしていた。

だから棺の中は白装束に菊とかじゃなくて華やかな洋花でいっぱいにしてあげよう。
独特のパーマスタイルに濃いアイライン、タバコをふかす厳しい人生もあったろうけど、施設ではすごく可愛いおばあちゃんで通ってた義母なのだ。

しかしその思い遥か。

小さな事務所を営んでいたときは、すぐ「社長」「社長」とたかってくる連中に御馳走してしまう義父に苦労して、元から好きだったお酒をひっかけながら子供たちの夕飯を作るうちに酒量が増えていったとか。加えて身体のしんどさに安易に受けた点滴の針が使いまわされていたらしく、肝炎に罹ってしまった。

そのイメージがあまりに強かったのか、親類筋は「酒、好きだったよなぁ。いっぱい飲めよー」などと言いながら、お棺の中にドボドボと注ぎ込み出すからもう仰天で。「顔はやめてー」の声も虚しくおじさん達は後から後からもう浸るかと思うほどかけまくり、辺りは日本酒やらウィスキーの匂いぷんぷん。

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2020年2月29日土曜日

自然が呼べば豚が答える

新型コロナウィルスの影響で息子たちの学校は休みになるし、何でも自粛ムードでやたらに長い休みを持て余しているようです。まぁ頑張ってくれ。

彼らが小学生の頃は夏休みに読む本など何冊か用意しましたね。高学年ともなると子供が読みやすい文体で大人が読んでも面白い内容のものを探すのは結構難しい。感想文を書くには妙に入り込んでしまう小説より、ルポやドキュメンタリーの方がいいと思って選んだのがこれ。

西村大 『食べ物と自然の秘密』小峰書店 2003年
偏食のかたまりみたいな長男が興味を持つかと手にとったら、やはり小学生男子を引きつけるアレがありました。小学生男子が一度は通る漫画雑誌「月刊 コロコロコミック」小学館 の内容もざっと8割はう○この話ではないかと思われます。低学年男子の頭の中もね。

それはともかく、家畜として豚を飼うのに人の排泄物を餌とする文化が近年まで続いていた由、日本でも沖縄や奄美でもよく見られたとのこと。その辺りは想像に難くないけれど、漢代・三国時代の墓から出土した豚便所の模型にはちょっと衝撃でした。構造としては階上の小屋で用を足すと穴からオートマチックに落下したものを、豚が階下で待ち受けるシステム。都市に人が集中し大量の食糧を賄うため町の中で豚小屋を作る必要性が出てきた表れだとか。豚は羊や牛のように草を消化できないので基本的には人と同じものを食べることから、少しでも餌を減らしたい思いで生まれたのがこの豚便所なのです。

衛生面はともかくこのコストカットシステムトイレが現代に伝えられるのは、漢代の墓に副葬された陶製模型があるおかげと言えます。もちろん穀物倉もセットにしてるけど、ご飯があったらお酒もおかずも持たせてあげたい。愛するあなたへ贈る言葉♬ あの世にも食と排泄が必要不可欠であることを豚便所は如実に物語っています。

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2020年2月19日水曜日

誕生日に

次男の出産後、まる一日経った朝は私自身の誕生日でした。ワゴンケースに入れて新生児室から連れてこられた赤ん坊は小さく、帝王切開で産んだだけにもう少しお腹に入れておけば良かったと可哀想になりました。やや生臭い誕生日の話。

長男の時は臍の緒が首に絡んで心拍が下がり、緊急手術になっただけに「とにかく死なんでくれ」とそれだけ祈る思いでした。天神祭の夜にふさわしく外は雷、激しい雨が窓を叩き、高速を飛ばして病院に駆けつける夫、早朝の手術の連絡を受けて始発できてくれた実家の母。てんやわんやの大騒ぎ。

代わって次男と二人、かすかに春の日ざしが入る小さな病室で静かな誕生日を迎えました。手術で出産しても母乳がきちんと出始める人体の不思議。出始めの初乳は黄色く、新生児に必要な免疫をつける成分が含まれているそうで。

私自身は相当な難産で生まれたと聞いています。当たり前のことですが、誕生日というのは母親の出産記念日なのですね。どこか他人事なのは、自分の名前を自分で決められない窮屈さにも似ています。

もうこんな歳になって誕生日なんて嬉しくないとかではなく、この世に生を受けたことを受け入れ、意識してみる日でありたいと思っています。

2020年2月16日日曜日

春を見つけて

記録的な暖冬でも雪が降ったりするようで、行きつ戻りつ季節が進んでいく2月です。

運動不足解消にと散歩の途中、早くも柳の芽が膨らんでいました。ちょっと粋な言葉で、芽張柳(めばりやなぎ)というのでしたね。葉が出てしまうと、もう春爛漫なのでその兆しを楽しもうということかな。

あちこちで雛人形が飾られています。
祖父は孫娘にお雛様をどうしても買いたいと言ってきかず、ある時10歳くらいになった私を松屋町に連れていき嬉しそうに何軒も回ったものです。

本当は生まれた時に五段飾りの豪勢なのを買うつもりだったようなのですが、部屋が狭くて飾れないと母が断り続けていて、我が家が引っ越して部屋が広くなったのを機にもう飾れるだろうということで観念したとのこと。結局三人官女までの2段飾りに落ち着いたのですが。

今となってはそれでも金屏風やぼんぼりを合わせると十二分に大きくて、さらにもっとできるだけ小さいのが良かったなぁと...もうずっと飾られることもなく、たまに防虫剤が放り込まれる箱の中です。官女の目つきがちょい怖いので余計に開けたくないと言うか、この先どうしようと思ってしまいます。人形供養?

息子たちが生まれてもあまりセレモニーを重んじなかったためか、鯉のぼりも買うことはなかったし着物を着せて記念撮影みたいなこともしませんでした。壊れかけた武者人形は義母が亡くなった時に遺品整理で見つかって持って帰りましたけどね。ガラスケースがちょっと触れただけで割れてしまい、本体もかなりひび割れていたので1年後処分したのですが...

捨てたとたん夫の妹から「あの武者人形どうした?」みたいな話をされて焦った(苦笑)
遺品ではなく夫のものだから捨てても良いと思ったのだけど、我が家が要らないならもらって帰るつもりだったらしく「捨てた!?」と呆れており、ひとの実家のものを処分するのは難しいものだと思いました。

私がもしおばあちゃんになって孫に何か贈るとしたら、大人になっても邪魔にならず持っておけるものにしようかな。

2020年2月9日日曜日

ローカルルール

特定の場所や状況などでのみ適用されるルールのことで、お店の場合はハウスルールと言ったりもするのかな。もとはカジノハウスが独自に決めたその店だけに通用するルールだったりするようですが…。

今日は特定の学校、家庭だけの決まり事シリーズ青春編。

授業が始まる前のルール(中高生)
※扉に近い生徒が廊下をうかがい、先生の姿が見えると「先生がいらっしゃいました」
の号令で全員起立して待機する。最近は起立、礼すら軍国主義の因習との批判があるそうで。

掃除の時間のルール(中高生)
※指定のエプロンを制服の上に着用する。下にジャージを履いてはならない。

ドイツのご家庭に泊めてもらったときのルール
※顔を洗って飛び散った水滴は、シンクから鏡に至るまできれいに使用済みタオルで拭き取っておくこと
※基本的に火を使った調理は1日1回1品のみ
※洗濯物は白物が高温、柄物は低温専用の洗濯機で洗う

ニュージーランドのご家庭に泊めてもらった時のルール(ただし高校生の時)
※在室の時は部屋のドアは全開にしておくこと
※日照りで水不足の時はトイレを流す回数を最小限に
※High Teaの日は夕食がない

学生さんのルール(ただし30年前)
※食堂で空いている席がなかった時、程よく食べ終わりそうな席を探してかばんをかけさせてもらう。
※試験前に講義ノートがなくて困ったら駅前の八百屋さんに行く。コピー不可の不完全な訳本みたいなのが闇で売られているが、濃い目にコピーしたらほぼいける。
※餃子の○将で皿洗いを手伝うとまかないが食べられる(らしい)

おばあちゃんのルール(学生時代)
※たとえ今日はコンパで遅くなるからと言っても、いってらっしゃいの挨拶は
「お早うおかえり」












2020年1月9日木曜日

決め台詞

母親には貴女が30歳になったらどこかアパートでも借りて離れて住むように、と言われていた。そんな矢先、突然お付き合いしたいという人が現れるのだが...

とりあえず半年くらい続けて考えよう、と気楽に考えていたら
「お願い、もう待てないんだ....」
の一言でぐらりと気持ちが傾いてしまった。

「君を必ず幸せにする」
とか
「一緒に夢を見よう」
とか
シラノ・ド・ベルジュラック(原作:エドモン=ロスタン 同名仏映画(1990): ジェラール・ドパルデュー主演)でもあるまいし、バルコニーの下から声がしてくるのをいくら待っていてもこの国では縁遠くなるばかりだ。

ともあれ、この映画は若い人に是非観てもらいたい。
気持ちを伝える表現力は恋愛に限らず、あるに越した事はない。

2020年1月8日水曜日

地元を作る

社宅アパートで幼少期を過ごしたことを書いた。
しげるちゃんと白黒テレビの画面を叩いて壊したことを繰り返し聞かされたが、思い出すのはしげるちゃん家のロボコンふりかけが羨ましかったこと、裏の田んぼで遊んだこと。

後にゴルフ場に囲まれた新興住宅地に移り住むが、母が町内会で旧地区の柄の悪い輩に絡まれたこともあり地元中学に進学しなかったこともあって、ここは故郷ではない。かといって父の出身地も縁あって学生時代過ごしたが、2、30年も経つとちょっと違う。

息子は幼稚園・小学校・中学校・高校まで全部市立で通している。旧市街ではなし、親が他府県出身だけにPTAでも多少浮いているが息子にとっての故郷はここ以外にない。生まれた時は育児ノイローゼ気味の私を案じて母が泊まり込みで世話をしてくれ、夫の弁当まで作ってくれた。赤ちゃんの時から長くここを離れたことなどないせいか、遠くの学校へ通うという発想がないという。それはそれで困ったことかもしれない。

モーニングページを始めようと思うけれど

とり合えず始めてみようということが、できない。たぶん消しゴムを使うことに慣れると、そばに消しゴムがないと落ち着かなくて勉強できなくなったりするようなものかとも思う。だからこそ手書きでどんどん買いていく作業が私には必要なのかもしれない。 もやもやする、何か上手くいかない、そんな時に...