2020年1月8日水曜日

同時進行という概念 その1

仕事柄、パソコンを良く使う。
とはいえ使う機能としてはかなり限定的だし、表計算ソフトなどは申し訳程度に触る程度でほとんどブラウザで事足りてしまう。画像処理などもMac付属のソフトかオンラインで大抵のことはできてしまうので、最近は本格的なデザイナーでもなければ「フォトショ」や「イラレ」のような値の張るソフトは特に必要ない。

正直タブレットPCでもいいのかもしれないが、長年親しんだキーボードなら素直な気持ちが書ける気がする。ブラインドタッチは練習不足で不完全だけど、のんびり話すのと同じくらいのペースで文章を書くくらいの事はできるから不自由していない。

パソコンはここ数十年で大きく進化したけれど、知識のストレージとしての概念はやはり人間の脳がモデルになっているのではと思う。このPCでは画面を開くとアカウントがいくつかあって、仕事用・プライベート用・息子用・ゲスト用と住み分けている。ハードディスクを分け合っているとはいえ、クラウドサービスなどで外部のサーバーと繋がっていたりするので玄関は並んでいるがそれぞれマンションを1棟ずつ持っているような感覚である。


どうせ死ぬんだから

 「どうせもうすぐ死ぬんだから」と老人特有の僻みっぽいことを口にしながら、「年寄りは嫌よねぇ。若い頃はお爺さんやお婆さんがなんでそんなこと言うんだろうってずっと思ってたわ」と母は自分で言って笑っている。続けて「それはね」となかなかに深い話をしてくれた。 長く生きてもやっぱりあの世...