2021年6月28日月曜日

女性であること

 慶応年間生まれの曽祖母は13人の子を生み育てた。当時でも経済状態や体力などの条件が揃わなければ叶わなかったのだが、令和の世には2人も産めば多い方になるらしい。どんな時代にもそれぞれの個人の事情があったはずだが、生き方に多様性が求められた結果なのか特に女性の場合大小様々な条件がついてくる。求人において決まり切った時間に勤務につくというだけで男性より女性が不利なのは、その多種多様な条件に起因する。

独身か既婚か、一人暮らしか家族と同居か、介護の有無、子供の有無・数と年齢や健康状態、妊娠出産の可能性。さらに月経症状の軽重、不妊治療への配慮まで加えるとなると実に面倒くさい。面倒くさいからいっそ無いことにしてしまえば簡単な訳で、余裕がなければすぐに逆行する。逆行する度に、婚姻に拘らず家族や親類と距離を置き、月経を止めることも選択肢に入ってくるだろう。

これだけ生き方の多様性が出てきても個々を互いに尊重するのは女子の世界では難しい。もっとも尊重するふりは上手になっていく。幼い頃は感情がむき出しになるから分かりやすいが、成長と共に相手が何を考えているのか読みづらくなる。みんなが嫌がるからリーダー役を引き受けたら、実はやりたかった人が嫉妬して意地悪を仕掛けてくる、といった単純なことでも私には難しい。子供の頃「それは一人っ子で競争を知らないからよ」と言われたけれど、もし本当なら長期に亘り一人っ子政策を強いた中国には嫉妬も意地悪もないだろう。

社会から隔離されたような毎日を過ごしていると、仕事と家庭について意見することも憚られ、自分が女性であると同時に一成人としての自信がなくなっていく。息子達には同年代のキラキラした女の子達が抱えているものなど全く見えていないだろうし、言って聞かせたところで理解しないだろう。決してこのままで良いとは思っていないからこそ、実際に議論を交わすことはなくとも世の中の女性の考え方や行動を知っていたい。



どうせ死ぬんだから

 「どうせもうすぐ死ぬんだから」と老人特有の僻みっぽいことを口にしながら、「年寄りは嫌よねぇ。若い頃はお爺さんやお婆さんがなんでそんなこと言うんだろうってずっと思ってたわ」と母は自分で言って笑っている。続けて「それはね」となかなかに深い話をしてくれた。 長く生きてもやっぱりあの世...