3年ほど前、惜しくも行きそびれた展覧会がある。「怖い絵」展(2017 兵庫・東京)である。ドイツ文学者の中野京子さんによる、「恐怖」に焦点を当てて時代背景やまつわる物語を解説した斬新な美術書を実際に鑑賞しながら味わおうという企画で大変盛況だったそうだ。
やはり目を引くのは縦2.5m、横3mの大作、ポール・ドラローシュの《レディ・ジェーン・グレイの処刑》だ。わずか9日間の王位の座から一転、目隠しをされ斧で首を切られる16歳の王女の処刑シーンは誰の目にも怖い。
シリーズは少しづつ読みたいと思っているが、とりあえず手元にはこの《レディ・ジェーン・グレイの処刑》を筆頭に22作品が取り上げられる「泣く女」篇がある。そして最後の作品22はパブロ・ピカソの《泣く女》。(いずれも所蔵美術館のサイトにリンクしています)
美術の教科書にもキュビズムの例として《ゲルニカ》と共に掲載されることが多いようだが、実際《泣く女》は《ゲルニカ》発表の翌年に制作発表されたというだけあって、表現がとても似ている。この絵がどこにあるのも知らず、学生の時友人に連れられて行ったロンドンのテートギャラリーで、突然「本物」の彼女に出会ったのだ。
思ったより小さな絵で、しかもターナーなどの大きな作品に圧されて隅のほうに追いやられている感があり、それがまた悲しくてオイオイ泣いているようにも見える。テートギャラリーのサイトでは死んだ我が子を抱いた母親の姿としているが、それにしたら随分とパワフルで滑稽な泣き方だ。これにはモデルがいて《ゲルニカ》制作過程の写真を撮った何番目かの愛人ドラ・マールである。「怖い絵」によると、制作中に元愛人マリー・テレーズがアトリエにやってきて二人で罵り合い掴み合いの喧嘩になったというから凄まじい。蒼くなり赤くなり怒り狂う女の泣き顔を、冷ややかに観察する芸術家の目がそこにある。
制作過程を写真に収めながら渾身の作品を共同制作しているような気分であったか、またそのように囁かれて愛を得たと確信した日もあったに違いない。それだけに裏切りの哀しみと屈辱の怒りを激しくピカソにぶつけたであろうし、ピカソはそれを一層面白がって《泣く女》シリーズを描いた。一歩引いてこちら側に男の背中を想像すれば、残酷な怖い絵に見えてくる。