女三の宮との婚礼の儀により、源氏は「三日がほどは夜離れなく渡り給ふ」。紫の上はぐずぐずを言い訳をする源氏の衣に極上の香を焚きしめてやり、「少しほほ笑みて」遅れてはいけませんよと嗜めて送り出す。その心中は「いとただにはあらずかし」。そりゃそうでしょうね。
須磨・明石の時だって長く離れていたけれど、女性の存在は後になるまで分からなかったし相手は地方中流貴族だからショックがしれている。一家を取り仕切る上としてこの度は夫の立場の手前、正室の座を奪われようと文句も言わず、そこへ渡っていく夫の支度までにこやかにしてやる気の遣いようである。
そしてどこまでも自己チューな源氏は、紫の上の冷たい微笑みの意味を最後まで分からなかった。その報いとして紫の上の死後、源氏は腑抜けになって自己嫌悪の中に死を迎える。
紫の上は父には認知されておらず母も早く亡くなっているから実家すなわち後ろ盾がない。当然経済面でもすべて源氏に頼るしかなく、血筋は良くてもかなり不遇な方である。一方で明石の上の後ろ盾には強烈な上昇志向と個性的なキャラクターの父親の存在があり、田舎で産んだ娘を中宮にさせることで一族を繁栄させた達成感がある。中流貴族の成功譚に加えて明石の上の控えめかつメンタルの強さが印象的だ。
海を見て潮の音を聴いて暮らせば、人もおおらかになるのだろうか。紫の上は自分の中に決定的に欠けたものを感じたに違いない。