2021年4月25日日曜日

禿頭憎し

 もう直に義母が亡くなって4年が経つ。これは義母と暮らした年月と同じであり、だからどうということはなく、ただ遠い昔になったと思うのみである。暮らし始めて3ヶ月くらい経った頃、義母は認知症でぼやける意識の中ハンストを起こしほとんど水も飲まずに横になったままじっと天井を見ていた。思えば認知症が進んでの一人暮らし、肝臓が悪いのに近くの店でワンカップ大関を買ってくる。そして飲んだのも忘れてひっくり返って失禁していたのを見かねて息子の家に連れてこられたのだった。酒で死ぬつもりだったんじゃないか、そして徘徊や近所の植栽や花をちぎるなどの行動はアルコールに因るものと義妹は信じて疑わなかった。

死のうとしていたのは本当かもしれない。肝臓の病気で長生きしないから貯金もいらないのだと、殆どすっからかんになっても事務所の景気が良かった頃と変わらぬ調子だった。あるとき訪ねて行ったら日に焼けて穴だらけの襖の前で真っ白なスーツを着た義母が座っていた。息子や嫁さんにはいい格好をする、私たち夫婦は何様のつもりだと義妹は怒ったが、何から手をつけて良いやら私は分からなかった。

我が家に来てから訪ねた医院の診断で、義母は典型的なアルツハイマー性認知症ということで投薬治療が始まった。それは介護施設を利用する為に必要な診断であり、同時に元に戻るかもしれないという義妹の淡い期待を裏切ることでもあった。悲しくたくさん傷ついていたであろうに、私はどう表現して良いか分からず、ただ義母の状況を詳細にメールで送ったことは彼女を一層怒らせた。

義母も混乱の中で便箋、葉書、包装紙からレシートまでありとあらゆる紙に不安や不満、怒りをぶちまけた。流石に作家魂と今は言えるが、具体的に名指しで書かれた怨恨の手紙は見つけ次第破って捨てた。

その中に息子に当ててか「禿頭憎し!」と書かれており、これが何を意味するか未だ謎である。彼女の息子は確かに20代から俗に言うハゲであり、そのせいで不甲斐ない嫁しかもらえなったと残念がっているのか。それとも一緒にいるこのハゲ頭の男がもはや誰なのか分からなくなっているのか。済んでしまえば、夢の中の寝言を指摘するのは卑怯かもしれないと思えてくる。

義母のハンストは突然前触れもなく終わり、何か吹っ切れたというか脳の一部が破壊されたか、まるっきり別人のお婆さんになっていた。

どうせ死ぬんだから

 「どうせもうすぐ死ぬんだから」と老人特有の僻みっぽいことを口にしながら、「年寄りは嫌よねぇ。若い頃はお爺さんやお婆さんがなんでそんなこと言うんだろうってずっと思ってたわ」と母は自分で言って笑っている。続けて「それはね」となかなかに深い話をしてくれた。 長く生きてもやっぱりあの世...