2021年3月22日月曜日

織りなす物語の経緯

林望先生は自著のガイドブック『謹訳 源氏物語 私抄』の冒頭で、源氏物語について「「恋の物語」という性格を横糸とすれば、それらの恋の種々相を折り連ねていく縦糸として「親子の物語」という性格が考えられなくてはなるまい」とされている。なるほど夫婦や親子の関係という普遍的なテーマの上に非日常的な恋愛が重ねられているから、こんなにも多くの人に受け入れられているのだろう。

朱雀院の皇女三の宮が降嫁してからの源氏は、栄華を極め幸せを感じながらも残酷・陰鬱な面をあらわにする。正妻の座を奪われた紫の上のご機嫌をとりつつ、朧月夜との濃密な逢瀬を復活させてご丁寧に報告する。やがて紫の上は病がちになり六条御息所の怨霊が取り憑く。

娘である明石の女御が入内して若宮が誕生する一方で、三の宮は衛門の督(柏木)と通じ懐妊。源氏は凄まじい圧力で柏木を追い詰め死に追いやり、三の宮は薫を産むと自責の念により出家を望む。

一方で、同じくらいの齢の娘を持つ身として朱雀院の父親としての気持ちを慮って三の宮を憐れに思ったり、ライバル(元、頭の中将)の息子柏木の思慮の浅さを嘆く余裕もある。感心しない行いの数々にGo To Hell ! と叫びたい場面にもかかわらず、作者はここにも親子を持ち出して同情を誘ってみたりする。憎らしいけど憎めない、光源氏を不朽のプレイボーイに据え置く要素として、縦糸=「親子の物語」にも目を向けてみよう。



どうせ死ぬんだから

 「どうせもうすぐ死ぬんだから」と老人特有の僻みっぽいことを口にしながら、「年寄りは嫌よねぇ。若い頃はお爺さんやお婆さんがなんでそんなこと言うんだろうってずっと思ってたわ」と母は自分で言って笑っている。続けて「それはね」となかなかに深い話をしてくれた。 長く生きてもやっぱりあの世...