2021年6月2日水曜日

再び見える事能わず

 文学史の試験なんて内容は知らなくても大丈夫。特に近現代篇では作家と代表作を1つ、記号のように覚えるのが入試の鉄則だ。クラスに秋口になって太宰治ばっかり読んでる子がいて、これはヤバいと思っていた。今になって思えば多感な頃の読書というのは中高年になっては取り返しようもなく、たぶんこうだったんじゃないかと思い返しても二度と再生できない。

息子の国語便覧を拝借してみると、作者の隣には入試で覚えた代表作とは違う作品が掲載してある。中学校で覚えたものに付け加える目的か、出版社によって代表作の捉え方が違うか。40年ほど前は谷崎潤一郎→「細雪」だったのが「刺青」「春琴抄」となっている。「襖の下張り事件」でお出まし頂いた永井荷風、代表作「ふらんす物語」と記憶していたが、便覧では「墨東奇譚」とある。

青空文庫にも収録されているから早速スマホで開いてみた。墨東=隅田川の東、どぶ板渡った場末の色街といっても東京を知らないから適当に想像してみる。風景描写に「お雪」がするっと嵌まり込んでくるところ、消えていくところが映像的だ。冒頭で活動写真は観ないと言っているのに。映画を撮る人は映像にしたくなるんだろうけど、本人はやめてほしかったんじゃないかな。

荷風のペンネームは少年期に入院した病院の看護婦の名「蓮」から、やはりハスを意味する「荷」としたとか。いつまでも初恋を引きずっているのは作中作の人物そのままであり、歳を重ねてもなお青臭く人を惹きつけただろうと思う。

どうせ死ぬんだから

 「どうせもうすぐ死ぬんだから」と老人特有の僻みっぽいことを口にしながら、「年寄りは嫌よねぇ。若い頃はお爺さんやお婆さんがなんでそんなこと言うんだろうってずっと思ってたわ」と母は自分で言って笑っている。続けて「それはね」となかなかに深い話をしてくれた。 長く生きてもやっぱりあの世...