2021年6月8日火曜日

浮世の「波」に漂う

世界で最も愛されている浮世絵といえば写楽でも歌麿でもなく、北斎の「富嶽三十六景 神奈川沖浪裏」だろう。先月公開された映画「HOKUSAI」も、葛飾北斎の「波」誕生の物語だった。享年90歳、残した作品3万点、酒は飲まないが生活は破茶滅茶だったと伝えられる。

はじめは勝川春章の弟子となったから当然売れる絵として美人画も多い。艶っぽい絵も多い鳥居清長の影響が濃いというが、映画で歌麿に「手前ぇの絵にゃ色気がねぇんだ」と言わせているように、関西弁でいうシュッとした感じが特徴。荷風先生が喜ぶようなキツネ目柳腰のねっとり系ならぬあっさり系だろう。

ところが北斎50歳くらいの肉筆画「合鏡美人図」ではだいぶ雰囲気が変わってきている。艶っぽさの中にちょっと不自然なポーズが実にキュートで、結構がっつりした腕や足先に若い健康美も感じる。北斎漫画に描かれる人物や動物が愉快で元気なのも共通するところだろう。

90年も生きれば文化文政の時代でも流行や人の嗜好に変化を感じたはずだ。舶来の顔料プルシアンブルーを入手したことも作品に大きな「波」をもたらした。映画では表現の自由を押さえつける権力は繰り返し変わらないと訴えていたが、文化芸術が権力への抵抗になったらそれは一つの暴力になる。確かに北斎本人もお上の風紀取り締まりに悔しい思いをしたかもしれないが、なんだかんだで上手に生き抜いたところをもっと評価してもいいのにと思った。







どうせ死ぬんだから

 「どうせもうすぐ死ぬんだから」と老人特有の僻みっぽいことを口にしながら、「年寄りは嫌よねぇ。若い頃はお爺さんやお婆さんがなんでそんなこと言うんだろうってずっと思ってたわ」と母は自分で言って笑っている。続けて「それはね」となかなかに深い話をしてくれた。 長く生きてもやっぱりあの世...