謹訳『源氏物語』、「幻」から一旦遠ざかっていたのを再び開いてみる。八巻から宇治十帖がはじまり「匂兵部卿」「紅梅」「竹河」「橋姫」「椎本」「総角」と続く。ちなみに歌舞伎の「助六由縁江戸桜」で助六の入れ上げている花魁の総角を洒落て、助六は稲荷寿司(揚げ)と巻き寿司のセット、とこれは余談。総角の本来の意味は聖徳太子が子供の頃していたような髪型のことだそうで、これは覚え書き。
華やかな光源氏の次世代の物語だが、女三宮の産んだ薫の「陰」は人間の心をより立体的に見せてくれる。浮気なプレイボーイ匂宮と根暗な薫どっちがいいかは好みが分かれるところだろうが、匂の「軽さ」が薫の「陰」の引き立て役であるのは間違いない。
宇治八の宮の娘で姉の大君は、薫を好ましく思っていながら徹底して結婚を拒否。代わりに妹の中君に縁づけようとするが失敗、匂宮が中君と夫婦になるも渡りが途絶え、大君は自責の念に入臥、病死する。結婚拒否の理由について研究者は宗教上や親子関係、育った環境や後ろ立てのないことなどから読み解こうとしてきたが意見は様々だ。
その中で出自ゆえか薫の何事につけても一歩引いてしまう消極性を指摘した論もあり、大君はそれを想いの薄さと捉えたとする素直な解釈は共感できる。伸るか反るかの大場面で読み手は「アカン!薫お前ホンマ煮え切らん奴やなぁ」だったり「分かるわぁ〜優し過ぎるのよね」だったりそれぞれと思うけれど、作者自身はどっちサイドなのだろうか。
また大君の方も結婚後の憂いを心配して自分の想いに蓋をしてしまっているから、ある意味二人は伝え方の不器用さという点で共通点が多い。お互い積極的に出た時に限って否定されるを繰り返すがために、タイミングの合わない結ばれないカップルなのだ。
やがて匂宮が中君を都の屋敷に連れていくと、後見人役の薫は横恋慕。ウジウジと思い悩むうちもう1人の「妹」の存在が浮上、物語はクライマックスに向かっていく。
煮え切らないから単純に物事がすすまない、宇治十帖は心情の複雑さを考える文学的要素が満載だからファンも多いのだ。「浮舟」は高校の教材で読みとにかく退屈でたまらなかったが、この歳になって林先生の現代語訳のお陰で絵巻物で静止していた登場人物が生き生きと動き出した。若さを卒業してからようやく読める恋愛小説もあるんだなぁとしみじみ感じている。