2022年3月12日土曜日

普遍的な悲しみ

 瀬戸内寂聴さん出家後の代表作を選ぼうとするが、なかなか出家前と対比できるような作品を決められない。一本筋の通った人には、単純に前の姿を否定するような変身ぶりは期待できないらしい。

そこでテレビなどで知っている、いかにも寂聴さんと思える本を選ぶことにした。『人生道しるべ』(文化出版局 2000/4)は10年間のうちに寂聴さんの元に寄せられた相談を集めたもので、人々の苦悩に独特の語りで答え、暗く続くトンネルの先を照らしてくれるような一冊だった。

相談にはかなり重い内容もあって、こんなことになっても日々暮らしていかなくてはならない辛さの中に、寄り添う人があれば勇気も出るかとしみじみ思わされた。今私の抱えているちっぽけな悩みも「個人的な悲しみは、普遍的な悲しみです」と認められたら、少しうれしいかもしれない。「寄り添う」ということには心にも身体にも文字通りの意味があり、簡単なようで奥の深い行動である。

寂聴さんに寄せられる相談はどうしても男女関係の悩みが多く、そのほとんどは女性からのものである。苦しいがどうしたらいいかわからないという悩みに対して、潔くけじめをつけよという助言が目立つ。善悪や倫理の問題ではなく、そこには今のままでは幸せになれないことを明らかにして相談者を救いたい思いがある。

男女もなにもなければ心が痛むことも傷つくこともないけれど、情に分け入れば人生は味濃く、踏み込むほどに悩ましい。自己中心的な渇愛の炎が尽きれば死灰の中から人間愛、友愛が生まれると寂聴さんは言うのだけれど、そこへ至る道はなかなか厳しそうだ。

渇愛に悩んだら、長い時間をかけてゆっくり灰にするのはどうだろう。情熱や容姿が衰えたら燃えるものも少ないだろうし、甲ではないが乙と言えないだろうか。




どうせ死ぬんだから

 「どうせもうすぐ死ぬんだから」と老人特有の僻みっぽいことを口にしながら、「年寄りは嫌よねぇ。若い頃はお爺さんやお婆さんがなんでそんなこと言うんだろうってずっと思ってたわ」と母は自分で言って笑っている。続けて「それはね」となかなかに深い話をしてくれた。 長く生きてもやっぱりあの世...