2022年4月23日土曜日

Venusが夢を見るとき

 カード支払いのお知らせメールが一通、見慣れない請求である。それも500円とえらくポッキリなので明細を調べてみると、なんと解約し忘れたAmazon Primeだった。期限が切れてあと1ヶ月分更新されてしまっている。仕方ないので次の期限までに500円分は元を取りたいと読み放題の本や雑誌のリストを見るが、Primeで読めるものの中にこれというのは見つからず、ならばと映画を探す。

アクション、ホラー、アニメとどれも食指が動かぬので邦画は、というと半分近くアダルトで残りは青春ドラマなど。やっと目に止まったのは『墨東奇譚』(東宝1992)とな。

おばさんが休みの朝から観るには不良すぎるが、一応文学作品だから許してほしい。荷風扮する津川雅彦のすっとぼけた演技が原作に馴染んでいたし、カフェーの年増女(宮崎美子)、唯一?理解者の老いた母(杉村春子)、遣手婆(音羽信子)それぞれに味がある。玉の井の娼婦お雪とはわずか数ヶ月、あまり深くならぬ前に逃げてしまうのが原作なのだが、映画では陰鬱にならないようコミカルに仕上げている。反戦の挿話は余計だった気もするが、小説を再現するのではなく映画の中の荷風の生きる「現実」を描いたのは良かった。エンタメとしては純愛に仕立てた方が、万人に理解され共感を呼ぶ。

改めて原作をめくってみると好き嫌いはともかく、首まで水に浸かっているような世界観が全体を覆っている。濃厚な割にひんやりした空気と言ったら良いだろうか。平凡に惹かれあう恋人のようで、その実どこか冷めていて、どうしようもない諦観が底に流れている。あるべき蒸せ返るような暑さ、汗臭さが感じられない。

お雪は生まれついての癒し系なるか、さながら泥中の蓮花にして物腰たおやか、稼業は群がる鯉か鳩に餌をやるが如し。そのやわやわと天然なる肢体にいづれの客もが自分とのみ情交ありと疑わぬは誠に奇なり。先生、こんな感じでしょうか?

やがてお雪は二人の幸せな未来を妄想するようになり、男は通いづらくなる。その夢は綿菓子のように膨らんで甘く誘うが、触れた途端しぼむことが分かっている。夢見る女の幸せな顔はいつまでも見ていたいくせに、女神がただの女になってしまうのも惜しい。雨降りしきるどぶ川、向こう側への郷愁を、愛と呼ぶにはあまりに身勝手ではなかろうか。






どうせ死ぬんだから

 「どうせもうすぐ死ぬんだから」と老人特有の僻みっぽいことを口にしながら、「年寄りは嫌よねぇ。若い頃はお爺さんやお婆さんがなんでそんなこと言うんだろうってずっと思ってたわ」と母は自分で言って笑っている。続けて「それはね」となかなかに深い話をしてくれた。 長く生きてもやっぱりあの世...