2022年7月9日土曜日

ニュータウン40歳

 この町に引っ越してきた頃のことをふと思い出した。トラックから荷物を下ろすや見知らぬおばあさんが町内会費をもらいに来た。名乗りもせずよろしくの言葉もなく、ただ必死に集金の義務を果たしたい一心なのだ。のちに何がどう伝わったのか夫が電機メーカーに勤めていることを聞きつけ、突然やってきて「テレビを買いたいんやけど、なにがいいかしらね」って、うちは電器屋じゃないんだけどね。

ご近所をタオルか何か持って挨拶に回った翌日、興味津々のどっかの奥さんが「新婚さん、じゃあないのよね?」と謎の質問をしてくる。全く意味不明で何を期待しているのか頭がぐるぐるする。ふと「若くて庭付き一軒家に住んでたら嫌味を言ってくる人がいるから、いずれ同居するために親が買ったんですって言っときなさい」と母が忠告してくれたのを思い出した。前は公団に住んでいて新婚じゃなくてそのうち親と同居する、と言ったら満足そうに帰っていった。

近所の見知らぬお爺さんが亡くなったというので、「お香典1000円ずつね」と言われてまとめ役の奥さんに渡し、夕刻お通夜へ葬儀場まで連れ立って歩く。見知らぬ遺影にお焼香して帰る。後日白いハンカチだったか粗品が郵便受けに放り込まれている。

同じ頃一斉に家を建てて15年、ローンも残っている家を売って引っ越すケースはまだ珍しかったのかもしれない。前のオーナーの場合は、奥さんの父親とご主人が共同名義で購入しご主人がローンを組んでいた。ご主人は脱サラして大阪の画材店の経営を手伝うことになったようで引っ越し先は大阪市内のマンションだった。内覧するとタンスなど家具や古い家電がぎっしりだったから引っ越しは大変だったろう。15年というには内装は傷んでおり、リフォームせずに住みはじめると毎日どこかを直さねばならなかった。

1年半ほどの不妊治療を経て長男が生まれると、観光ボランティアで一緒だったお金持ちマダムが「孫が使ってたんだけどもらってくれるかしら〜?」と古びた安物の樹脂製ベビー椅子を高級車に載せて無理やり置いていった。粗大ゴミの処理と思われたら嫌だったのか「庭の紫陽花なのよ」と切花が添えてあり、見るとウチで咲いているのと同じ種類でおまけに外壁塗装の白いペンキが葉っぱに付いている。

他人に古いものをあげるとき、つい喜ばれると確信してしまうのが落とし穴。少子化の時代に親や祖父母からベビー用品を買う楽しみを奪うこと、古い道具が原因で事故が起こった時までを想定することは困難だ。自分の中で10年はあっという間でも若い人にとってはどうだろう。出産祝い品として可愛らしくデコレーションされた「おむつケーキ」なるものが売られているのを知っているだろうか。消耗品でかつ甘いお菓子など産後の身体に影響を及ぼすこともない、思いやりにあふれた贈り物である。

件の椅子は触っているうちになんと簡易ベッドにもなることが分かり、赤ん坊を風呂からあげてタオルで拭きおむつを当てるのに大変役に立った。重くかさばるがそこは日本製、安全基準は満たしている。何年かしてご自宅の前を通ったら、その素敵な洋館は空き家になっていた。

長男をベビーカーに乗せてすぐ近所のスーパーへ買い物に行ったら、まもなく閉店の張り紙がしてあった。品揃えは悪いけど卵とか足りなくなったとき便利だったのになぁと思って見ていると、お婆さんが目に涙をためて「困ったわ。これからどうしましょう」と嘆いていた。

先日交番の巡査さんが地域の調査だと言ってやって来た。日に焼けて色の変わった台帳を繰って今住んでる方の家族構成はと聞くから、最低でも25年は回って来ていないことになる。25年といえば四半世紀で、住宅地ができてもうすぐ40年。私もいつの間にやら相当辛気臭くなっているような...





どうせ死ぬんだから

 「どうせもうすぐ死ぬんだから」と老人特有の僻みっぽいことを口にしながら、「年寄りは嫌よねぇ。若い頃はお爺さんやお婆さんがなんでそんなこと言うんだろうってずっと思ってたわ」と母は自分で言って笑っている。続けて「それはね」となかなかに深い話をしてくれた。 長く生きてもやっぱりあの世...