2020年1月11日土曜日

「かぐや姫の物語」私的評論

このお正月はブルーレイでこっそり独り、薄暗い部屋でスタジオジブリ作品「かぐや姫の物語」(2013)高畑勲監督を観た。監督は宮崎駿とのコンビで「アルプスの少女ハイジ」「火垂るの墓」などの名作を残し本作品は遺作となった。構想そのものは完成の50年以上前からあったというから興味深い。

前から観たいみたいと思っていたけれど、賛否両論「良い」と言う人「ダメ」だと言う人の真っ二つに分かれているというからつい先送りになっていた。去年の暮れはいろいろ心の面で騒がしかったので、よし!と小遣いを奮発してディスクを購入、邪魔の入らぬよう環境を整えての観賞である。

ここからは多少ネタバレになるのでご容赦願いたい。

印象に残った斬新な演出をいくつか挙げてみると
*竹取の翁と媼が竹の中から出てきた姫君を抱くと、リアルな赤ん坊になる
*媼の乳が張り 翁は育メンになる
*山の青年「捨丸」の存在
*「成金」竹取ファミリーへの貴族による嫌がらせ
*帝のパワハラ&セクハラ
など。

これまで「竹取物語」で謎の多かったかぐや姫の心情を高畑勲が描くとこうなったのだろう。ハイジのようなナウシカのような、もののけ姫でもある少女であり、時折ぞっとするほど女である。

初潮が始まったであろう場面では、髪上げ(成人式)の宴の用意に浮かれる翁に何ともいえない表情を描く。お腹もシクシク痛いのだ。突然やってくる身体の変化と性の対象となるショックが生々しく伝わってくる。

帝の一方的な求婚に身体が透明になって瞬間移動する場面は、愛のない行為に全身凍りつく心情を表現。

最後の既に妻子ある「捨丸」との抱擁については、若い人は不倫と言うらしいが「あめつちよ私を受け入れて!」の台詞に沿って「地上で生きる」ことの象徴と捉えたい。

女子力アップに是非、観ていただきたい作品だ。

どうせ死ぬんだから

 「どうせもうすぐ死ぬんだから」と老人特有の僻みっぽいことを口にしながら、「年寄りは嫌よねぇ。若い頃はお爺さんやお婆さんがなんでそんなこと言うんだろうってずっと思ってたわ」と母は自分で言って笑っている。続けて「それはね」となかなかに深い話をしてくれた。 長く生きてもやっぱりあの世...