今回でこの試験的ブログを終えることにしました。
試し書きのつもりで書いていたら結構面白くなったのですが、いかんせん以前の介護日記に比べカウント数を稼ぐことができませんでした。
テーマを絞り多くの人の読みたいもの、必要な情報を書くことが何より大切です。
同時に精神的に支離滅裂になった日々の暮らしをつなぎ合わせたいと切に願います。
ご愛読ありがとうございました。
2020年2月21日金曜日
戦後80年
戦後80年の今年、そろそろ「戦後」という言葉をやめようかと言われている。1945年の終戦から遡って80年といえば幕末であり、いくらなんでも時代区分としても大雑把すぎるのではということだろう。もちろん「戦前」「戦後すぐ」という短い期間を指す言葉としては今後も使われるだろう。 明治...
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慶応年間生まれの曽祖母は13人の子を生み育てた。当時でも経済状態や体力などの条件が揃わなければ叶わなかったのだが、令和の世には2人も産めば多い方になるらしい。どんな時代にもそれぞれの個人の事情があったはずだが、生き方に多様性が求められた結果なのか特に女性の場合大小様々な条件がつ...
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祖母の住んでいたサービスつき高齢者住宅には1号館と2号館があって、ケアの必要度に応じて棲み分けることができる。はじめに祖母が入った2号館は食堂と別棟になっていてお風呂は共同、基本的には賃貸ワンルームマンションである。トイレとミニキッチンが付いていて、洗濯や買い物サービスも頼める...
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庭でカネタタキが鳴いている。体長1cmほどの薄茶色の虫でコオロギのような姿をしているが、声の大きさに反してとても小さいので見つけることは難しい。「チッチッチ」と金属のような音を出すことからこの名がついたという。カネといってもゴーンとつく「鐘」ではなく、仏間にあるか若しくは手に持...