2025年10月12日日曜日

モーニングページを始めようと思うけれど

とり合えず始めてみようということが、できない。たぶん消しゴムを使うことに慣れると、そばに消しゴムがないと落ち着かなくて勉強できなくなったりするようなものかとも思う。だからこそ手書きでどんどん買いていく作業が私には必要なのかもしれない。

もやもやする、何か上手くいかない、そんな時におすすめだと言うことなので1日3ページはきつくても何らかの形でやるために今日こうして久々にブログを開いてみた。これは誰に読ませるつもりもなく自分のために、考えたことを言語化することで人間性を保とうとするものだ。目的としてはモーニングページを変わらないと思うのだけど、考案者としては手書きによる効果は必須条件と言うだろう。

みみずの這ったような、誤字脱字だらけの読み返せないものでも、それは脳の排水の流れた跡だから気にせずどんどん捨てていけば良いという。うっかりしたことを書いて、誰かが読むようなことがあっては嫌だと思うから紙に何か書いたときはシュレッダーにかけたいと思うのは病気なのだろうか。

誰にも言えなくて、言ったら他の人が変に思ったり傷ついたりするかもしれなくて、嫌な思いをしたりさせたりするようなことでも書いたりするんだろうか。とりあえずやってみればいいのだが、今日はできないまま朝が終わってしまった。


2025年6月28日土曜日

戦後80年

 戦後80年の今年、そろそろ「戦後」という言葉をやめようかと言われている。1945年の終戦から遡って80年といえば幕末であり、いくらなんでも時代区分としても大雑把すぎるのではということだろう。もちろん「戦前」「戦後すぐ」という短い期間を指す言葉としては今後も使われるだろう。

明治を生きた人たちはひと世代前のことを指して「ご維新前は」と言った。80歳過ぎの母が子供の頃でも親類が集まると普通に出てくる言葉であったという。「御維新前」で検索すれば、夏目漱石・芥川龍之介・永井荷風の作品にも登場する。民族にとっての強烈なエポックは100年色褪せないということか。

その戦後80年、いよいよ戦争体験者が死に絶え直接語れる人がいなくなるのに際し、なんらかの形で生の声を残し平和を訴える活動が盛んに報じられる。「残し、未来に伝えなければならない」私たち中高年世代もそう言われて大人になったけれど、戦争を起こさないために何かしたかと聞かれたら答えに詰まる。それどころか経済活動にしろ外交問題にしろきれいごとでは国の存亡に関わると知ったら、戦争を放棄し武力行使の一切を認めない偽善と平和祈念を一緒にしがちな活動には距離を置くようになった。

戦争体験を「残し、未来に」と言うのはその真意が伝わっていないことの裏付けで、自分たちが全然理解出ていない故に、次世代に期待することで責任逃れをしているとは言えないか。もちろん体験者の話が無意味だとは思わない。身近な人が経験した悲惨な出来事は胸を打つし、自分にはとても耐えられないと悲観的になったり、こんなことは2度と起こってほしくないと切に願う。その貴重な戦争体験を80年経った2025年の日々に落とし込み、戦争の芽や風を感じ取れたら。もちろんなかなかできることではない。まずは戦後精一杯生きて、そんな中でも子供を産み育ててくれた祖父母に、尊敬と感謝の思いを伝えたい。

2024年11月1日金曜日

ぼくの好きなおじさん

 やっと猛暑から解放されたと思ったら10月も終わってしまった。慌ただしく自民党総裁選、衆院選が行われ、さらには首相指名選挙と政治の空白期間に不安しかない。不安というなれば今から50余年前、私が赤ん坊だった頃の日本は沖縄が返還された一方で、ベトナムへ向かう米軍の出撃基地だった。母が里帰り出産で実家に滞在していた頃、川向こうの空港から戦闘機が飛び立つ轟音がすごいので窓ガラスを分厚いワイヤー入りに替えたと言っていた。

祖父の家の二階には叔父の部屋があって、分厚い本がびっしりと並んでいた。叔父は二浪の末に静岡大学で物理を専攻、学園紛争の時代まともな授業がなされたかは分からない。母が下宿を訪ねて行くと、暑いからと裸でフルートを吹いており、味の薄いカレーライスを振るまってくれたそうだ。卒業したものの就職に失敗し1年ほど祖父の会社に勤務していたが、やおら大学に戻りたくなり恩師を追って遠くニュージーランドに渡った。

昭和22年生まれの叔父はいわゆる団塊の世代で、背ばかり高くて身体が弱い。競争の苦手な叔父は中学で囲碁にハマって嫌いな科目は全く勉強しなかったため大阪府内の底辺高校に入学した。その入学式で校長が「おまえらは腐ったイワシだ」と言い放ったのに憤慨、猛烈に勉強しては熱を出し勉強しては腹を下し、毎回入試当日に下痢で早退する憂き目に悩まされた。

1ドル=360円時代、祖父の電線会社の景気が良い時でも当時海外留学させる費用はハンパではなく、航空券も高いからそうそう帰れない。一時帰国の際は学生なのに婚約相手まで連れてきて、たぶん私はその時が叔父と初対面だったのではと思う。次の帰国は新婚旅行を兼ねて3ヶ月くらい日本にいた。祖父とは激しい口論が絶えなかったと母は言うけれど、私には穏やかで愉快で子供好きな印象しかない。一緒に奈良公園を歩き、鹿に餌をやった。

叔父とお嫁さんがニュージーランドに戻る日が来て、空港のデッキで2人の乗った飛行機を家族で見送った。ところが半年も経たないうちに訃報が届く。心臓発作で急死とのことだった。

3ヶ月の日本滞在で実家がそれほど裕福でないことが分かったようで、安い研究員の給料とアルバイトで食費を削って暮らしていたのも健康を害した一因だった。祖父と母が現地に向かうことになったが、慌ててビザを申請しても最短で7日ほどかかってしまい、亡骸は傷みを隠すために化粧が施されていたという。

あれからニュージーランドには2回観光で行く機会があって、ネットの普及やらで南半球も感覚的にそれほど遠くなくなった。今も叔父が生きていたらどんなだったか、何の話をしてくれたろうかと思うことがある。


(2016年東映 原作:北杜夫 1972年)
タイトルはこの映画や別のフランス映画とも関係なく、RCサクセション「ぼくの好きな先生」の歌詞から。これも調べたら1972年リリース3枚目のシングルだった。忌野清志郎の♪ぼくの好きな先生 ぼくの好きなおじさん🎵 のフレーズ是非聴いてほしい。



2024年6月25日火曜日

断捨離再び

 もう25年も同じところに住んでいるうちにライフスタイルも変わり、使わなくなったものたちが出番もなくじっと停滞している。両方の実家から流れ着いた捨てられないものたちが、少しずつ堆積して埃を溜めている。さらに25年のうちに便利だ必要だと思って買ってしまったものの多いこと。調理器具、食器、工具、園芸用品、家電、寝具、服、靴、傘、置物。もう少し後のことを考えてじっくり選べなかったのかと、なぜ条件反射的に欲しいと思ったのか、決して気に入っているわけでもないのにずっとそこにある。気に入ったものほど早く傷んだり壊れて都度買い替えられているのに、衝動買いしたものは使わないから壊れない破れない。自らの浅はかさを恥じつつ捨てる罪悪感、積み上がるゴミ袋。

モノが無くて困った時代の人は余裕ができると大量に買い貯めた。モノで溢れかえった親の家の処分をしてきた世代には、せめて次世代に引き継ぐまいと身体が動くうちに片付けをする人も多いという。片付け、断捨離などと検索すると驚くべき数の動画が上がってくるということは、いかに不要なものを捨てスッキリ暮らすことが世の中の関心事であるか、裏を返せば不要なもので生活が荒らされモノに溺れていることの現れなのだ。

ひとたび棚のものを全部ぶちまけると、大量の埃の始末に続いて要不要の分別に労を要し、さらに残すべきものの収納を考える。棚一つ、たんす1棹処分するのがこんなに大変なんてやる前は考えもしなかった。おそらくこのペースでいけば何ヶ月もかかってしまうだろう。

前回、骨董品の断捨離についてボヤいたが今は完全に吹っ切れて、むしろ具体的な値段がつかなくて良かったと思っている。二束三文で古道具屋に売っていたら、またこれはこれで陶芸作家さんとそれを気に入って買った祖父の両方に申し訳ない気持ちが残って面倒だった。いいものも悪いものの、持っているのに使えないのは不幸極まりない。飾る場所もなければ愛でる教養もない。

思い出グッズや写真、人から貰ったものなどは相当に始末に悪く、いっそ古くなれば勝手に朽ちて土に還ってくれれば良いのにと思う。とは言っても確かに前に整理した時よりは減っていて、あの時どうしても処分できなかった思い出が蘇る。思い出の思い出はひたる心地よさなど毛頭無く、案外あっさり捨てられたりするので、執着が薄れるまで残しておいて良かったのかもしれない。やはり段階的に捨てる時間的余裕があると葛藤やダメージが少ないらしい。役目を終えたものと認め、別れ、離れるには大変なパワーが必要だし、いつも出力100%というわけにはいかない。モノに向き合うことで自分に向き合わなければならないのが、これまで避けてきた最大の理由かもしれない。

2024年5月22日水曜日

灯台守の歌

『灯台守』という小学唱歌を知っている。学校で習うような年代ではないし、何かの機会に聞いたのだろう。Wikipediaによると昭和55年NHK教育テレビ「みんなのうた」で放送されたそうなので、おそらく能登の舳倉島灯台の映像と共に視聴したのではと思う。原曲はイギリス民謡ということだが19世紀アメリカの讃美歌で歌われていた曲とそっくりで、だいたい同じくらいの頃アメリカで歌われていた『仰げば尊し』にも似ている。日本には明治時代「旅泊」「助船」として小学唱歌に入り、戦後は新しい歌詞で『灯台守』として五年生の教科書に掲載された。著作権など無かった時代だから勝手に歌詞をつけたら本家の方で消えていったというような次第ではなかろうか。

例えとしては相応しくないかもしれないが「灯台守」という言葉が、実は私のしている小さな仕事を連想させて好きな歌の一つとなっている。私の関係しているとある団体のホームページには問い合わせフォームが付いているのだが、あまりに関係のないセミナーや営利目的のゴミメッセージが多いために、本来の問い合わせをより分けて本部へ転送している。

そこに来る本来の問い合わせには、育児や障害者支援の真剣な相談も含まれており、夜中に発信されていることが多く相談者は100%女性である。お盆・正月休みや大型連休明けなどは件数が増える。若い世代にとってまずはメールで問い合わせというのが自然であるだけでなく、昼間に直接電話をかけた方が話は早くても、それができない理由がある人には問い合わせフォームが最初の窓口になっている。

対応するのは顔も見たことがないスタッフで、そこからどうなっているのか分からないが誠実に対応してもらっていると信じている。真夜中の不安な闇の中、誰かの行き先案内になっているかどうかは手応えはないけれど、ただ毎日メールチェックしている。


灯台守 (作曲 不詳  作詞 勝 承夫 昭和22年)

1 こおれる月かげ 空にさえて

真冬の荒波 よする小島(おじま)

想えよ とうだい まもる人の

とうときやさしき 愛の心

2 はげしき雨風 北の海に

山なす荒波 たけりくるう

その夜も とうだい まもる人の

とうとき誠よ 海を照らす 





断捨離の初夏

 祖父が昔買い集めた壺や茶碗、着物の類がいくらかあり、この度欲しがっている人にあげたり引き取ってもらうことにした。といってもこれは私の所有するところではなく、母の実家の問題ではありながら、娘の私の了承は得ておこうということだった。もし私に茶道や生花の心得やいくらか教養があり、セレブな世界とご縁でもあれば譲り受けることもあっただろう。残念ながら今の私がもらったところで全く活用できないのだから仕方ない。もらえないのが残念なのではなく、興味もないのに執着する自分が残念なのである。

母の決めたことであるし何の異存もないのだけれど、もらう側は娘の私が了承しているのか、後で文句言ってこないか気になるらしい。価値が分かる人のところへ行った方がお道具も幸せでしょう、とは言ってはみるけれど100%爽やかでいられるほど人間ができていない。息子らの教育費はアホみたいにかかるし生活費は膨れる一方で、どこまで燃料が持つか自分たち夫婦の老後はと心配し出したらキリがない。けれど余裕があればあったで巣立ちの邪魔になりそうで、分相応の暮らしは死守しなければならない。微妙なバランスでなんとか飛んでいるのに、うっかりボーナスでも出ればたちまち気が緩んで墜落してしまう。

モノもカネも制御できる力がなければ人を苦しめ、吸って吐いてエネルギーを生み出す能力のある者のところでは人々を潤す。力のない者は中継ぎとなって配分する手、正しく使われるか見張る目の役割がある。モノはたくさんのエピソードを宿して空間を占拠するから、カネよりも厄介と言えるだろう。どんどん断捨離で身軽になる母を他所目に、私は貧相な呪縛に絡んだままである。



2024年5月16日木曜日

可笑しくて哀しい

 2024年度上半期の朝ドラは『虎に翼』でヒロインは伊藤沙里が演じている。朝ドラヒロインとしては知名度高めで演技が安定した人を選んできたなと思った。コミカルな役が上手いのでドラマの名脇役的な印象があるけれど、映画にも多数出演している。

映画ホテルローヤル(2020日本:波瑠、松山ケンイチ、安田顕、余貴美子ほか。原作は桜木紫乃、直木賞受賞作。)ではヒロインがやむなく家業を継いだ釧路湿原を望むラブホテルの一室で、高校の担任教諭と心中してしまう女子高生の役だった。コミカルなのに哀しい、コメディの真髄をついていて、往年のチャップリン映画のように無邪気に笑いながらホロリとさせる。

登場人物の誰もが問題を抱えていて、一生懸命なのにどこか笑えてしまう。原作の方がその辺りは描写が細やかだったけれど、雄大な釧路湿原とものすごく寂れたケバケバしい建物の対比は映像の方が伝わったと思う。




気候変動と核戦争

 映画オッペンハイマー(C.ノーラン監督2023アメリカ)が話題なのでどうかなぁと思いながら、重いテーマを3時間も耐えられるかとためらっている。暗い映画館の大スクリーンで観ると内容に集中できるのはいいとしても、本編の前には必ず予告編があってやたら大きな音を鳴らすので、初夏など頭痛の起きやすい季節にはきついものがある。この作品は躁鬱気質の主人公が核兵器開発に携わる葛藤を描いているだけに、こちらまで心の不安定を誘発されそうで、たぶんそれは言い訳でどうもないのだけれど単純に一人で足を運ぶのが億劫である。

このノーラン監督がNHKのインタビューの中で、息子さんにこういう映画の企画があると話したら「僕らの世代では核兵器より気候変動の方が重要な問題なんだよ」と言われて衝撃だったと語っていた。アメリカのZ世代、だけでなく西側諸国の若者がそういう状態であることの危険性を感じながらこの映画を制作したという。確かに気候変動は人類共通の脅威であるし、生死に関わる大きな課題ではあるけれど、たとえ全人類が一丸となって環境問題に立ち向かったところで地震も火山も止めることはできない。太陽がほんの少し輝きを増したり勢いを弱めるだけで、地球上の生物は丸焦げにもカチカチの冷凍にもなるのだ。異常気象でコーヒー豆が不作なのも嘆かわしいが、原爆誕生から80年これまでにない緊張感で核戦争の一歩手前まで来ていることを今一度意識したい。どちらが喫緊の課題なのか、核兵器の扱いはこのままで良いのか。

世界には今も「原爆投下は戦争終結のために必要で正しかった」という意見がある。日本人としてそこはどうしても同意できないが、広島長崎の惨事を訴えることだけで核廃絶を求めるのは不十分に思う。廃絶運動の活動団体は核兵器放棄協定に国の代表がサインをしさえすれば世界平和が来るようなことを言うけれど、そこは決定的に何かが欠落していて論理の飛躍が生じている。人類史上戦争が無かったことはなく、外交の最終手段が武力行使=戦争であるなら、約束や取引の中で最終兵器を作ったり引っ込めたりして危うい時間稼ぎをするよりないのかもしれない。動画配信始まったらオッペンハイマー観ましょうか。



2024年4月27日土曜日

どうせ死ぬんだから

 「どうせもうすぐ死ぬんだから」と老人特有の僻みっぽいことを口にしながら、「年寄りは嫌よねぇ。若い頃はお爺さんやお婆さんがなんでそんなこと言うんだろうってずっと思ってたわ」と母は自分で言って笑っている。続けて「それはね」となかなかに深い話をしてくれた。

長く生きてもやっぱりあの世へ行くのは勇気がいるから、この世の執着を少しずつ解いていくことを自分に言い聞かせているのだそうだ。地べたの世界に絡まった紐をするすると外して、最後の一本を解き放った瞬間、まるで気球のように空に向かって飛んでいくなんて素敵な発想だなぁと思った。

同じ死ぬのでも、幼い子供を残して逝かねばならない人、故郷に恋人を残して戦場で散っていく人などはこの世への思いを無惨に断ち切られ、心配と不安の中でこの世の記憶はどうなってしまうのだろうと重たい気持ちになる。私が今この瞬間「あなたは死にます」と言われたら、手足をばたつかせて「今は困ります。どうかもう少し猶予をください。」と未練たらたら懇願するだろう。

平和なうちに歳をとり、生まれた順番に逝くことの有り難さ、爽やかさを年寄りから学ぶ良い機会となった。お母さん、ありがとね。

2024年4月25日木曜日

お酒は二十歳になってからいつまで?

 長く書かなかった理由のひとつは生成AIの存在があるかもしれない。条件を与えれば動画さえ適当な材料から作ってしまう人工知能。新たな知能はこれまで人間が蓄積してきた考えやイメージを再構築して形にする、さらに専門性を高めて個性を出し始めていると言う。

教養も知識もない生身の人間がいまさら何を言っても虚しい。そう思い始めたらやる気がなくなる。全て人を人たらしめているのは脳の働きであり、神経が伝える信号でしかない。だから今のAIにできないことを挙げるなら、矛盾だらけの無茶苦茶で不可解な行動くらいのものだろう。

脳の働きがおかしくなる原因は、事故や病気で脳神経に損傷を負うケースもあるが、近年は加齢に伴って増える認知症の発症が珍しくない。発症のメカニズムは脳内のアミロイドβなるタンパク質の蓄積によると聞くけれど、基本防ぎようがないのが現状。治療薬が処方可能になったと言っても、脳のむくみや出血といった副作用の懸念と、半年ほど進行を遅らせることの意味がどれほどあるのか疑問は残る。脳の働きをおかしくするものには他にも薬物、そして最も身近なものとしてはアルコールがある。

酒が食事を美味しくしたり楽しい気分にさせてくれることについては特に否定しない。ただアルコールは少量でも脳にダメージを与えることが以前より指摘されていて、摂取量に比例して脳の萎縮が起こるという。脳萎縮の進んだ症例データをもとにした研究はあっても、実際に飲んだ量と萎縮の関係を臨床で追跡調査するのは難しいのでまだはっきりしたことは分かっていない。明確なのは原因が何であれ、一度萎縮した脳は元に戻ることはなく、ダメージを受けた場所によって症状が異なることだ。アルコールが成長過程の未成年に及ぼす影響は言うまでもない。

アルコールによる脳萎縮は老人性認知症と比較すると、全体的にまんべんなく萎縮する傾向があるそうで、それだけに目立った変化がないのが特徴という。自覚がない一方で、飲酒習慣のある人はない人に比べ10〜20%の脳萎縮がみられるという報告もある。樹木に例えれば先の方の枝が折れてスカスカになってもそれなりに樹形を保っているということか。未発達状態に後退したスカスカ脳では、ピーク時に比べ理解度も理性も大きく落ち込んでいるだろう。知能が下がれば本人の幸福度は上がるかもしれないが、果たして周囲の理解を得られるかどうか。

体内にアルコールが入ると大脳新皮質の機能が低下し、真っ先に感情を司る前頭葉の働きを悪くする。酔っ払いの言動は総じて横柄で、飲まない人を不快にする構図は古今東西変わらない。体質的に飲めない人だって人生嫌なことの一つはあるのだから種々の言い訳は通らない。飲まないことを責めたり馬鹿にするのは立派なハラスメント行為であることを自覚し、自傷行為に他人を巻き込むのはやめてもらいたい。さらにタチの悪いことには酔っ払いに何を言っても無駄なのだ。

2024年4月24日水曜日

伝えない自由について

 数日前のこと、郵便受けに奇妙なチラシが入っていた。何とかCOS MARTというタイトル字の下には、外国製と思われるパンの袋やジップロック、キッチンペーパーの写真が貼り付けてある。「食べてみたかった商品が食べ切り小分けに!」「おいて欲しい商品のリクエストも受付中🎵」近所の分譲地に防草シートを貼って、建設現場用プレハブを置いただけの粗末な店舗の写真と連絡先の電話番号を見てまぁ大体のことは分かった。しかしあまりに情報量が少なくはないか。

ぼんやりした50代主婦にでもCOSと「小分け」を読めば、個人も会員制で利用できる業務卸で人気のコストコ商品を小分けにして再販する店なのだろうと察しがつくし、配送や温度管理も素人レベルであることは容易に想像がつく。

それでも若い世帯の多いエリアではコストコのファンも多いだろうから、そこそこ繁盛するのではと思う。1980年代円高で1ドル80円くらいの時の輸入品を思い出すと、何がうれしくて臭いの強い洗剤やマーガリンどっさりのケーキをこの値段で買わねばならんのだとつぶやいてしまうが、30代にはその記憶がないから仕方あるまい。もちろん日本全国同じ商品に満ち溢れている中で、たまには気分を変えてみたいとか、海外旅行へいった気分になりたいとか、生活に変化を求めたい気持ちは分からないでもない。そして、そういう感覚こそ若さなのかなぁと思ったりもする。

話をチラシに戻して、どういう店なのか50代主婦にでも伝わったのならそれで万事いいのかという問題。この店主には広い年代層をターゲットに展開して売り上げを伸ばそうという野心はなく、自分の来て欲しい客層だけで楽しくやりたい雰囲気が漂う。そういえば昔、アパートの隣の奥さんが週に一回市場で野菜を仕入れてきて近所の人に販売していた。あの売り上げを確定申告していたか定かではないが、顔見知りにお安く提供しているんだから良いことしてるのヨ的なムードだった。再販売も税金を払いさえすれば別に悪いことではないし、本家のコストコもビジネスメンバーとして登録してくれたら全く問題ないということだ。

ただここは日本のありふれた住宅地であり、外国人であっても日本語を読み書き話す。せめて店の名前・場所の説明・営業時間・定休日・どんな商品を売っているくらいは日本語で書いて欲しかった。それに店があれば搬入や客の車が来たり子供が騒いだりゴミが散乱する可能性もある。広告とは、そこに店があることを必ずしも好意的に思わない人への挨拶状でもあるからだ。

何も考えず素直に見れば、よくある折込のセオリーにとらわれず、おしゃれで新しいチラシには違いない。これでいいのか?これでいいのだ。

2023年12月15日金曜日

幸福は甘くなかった

 福田恒存『私の幸福論』(ちくま文庫)を読む。平易な言葉で語られる、その内容は深く重厚で何度も読み返すことになると思った。昭和30〜31年にかけて講談社『若い女性』という雑誌に「幸福への手帖」と題して連載された。もう70年ほど前の文章だから、社会の事象は大きく変貌して日本人の生活様式も言葉も考え方も当時とはかなりかけ離れているのだけれど、読むほどに著者が感じた危機感の延長線上にいることに気づく。

自分に責任を持つことは恥ずかしく情けなく、自分をありのままに受け入れることは時に苦痛を伴う。とりまく環境や社会のせいにすれば一時的に気が紛れるかもしれないが、根本的解決にはならない。自分にとって不快なものを排除したところで100%快適になるということでもないし、むしろさらに居心地が悪くなったりする。本書の言葉を引用すると「幸福というのは難しい」「たった一人の孤独なたたかい」なのである。

著者はたぶん、保守的に生きるとは例えばどういうことなのか、その通りにいかないことを前提に人生の地図をひろげてみせてくれているのだろう。もう私はとうにこの雑誌の対象年齢を超え、結婚育児を経て成人した子供達の巣立ちを待っている段階であるから、人生ゲームのコマも中盤を過ぎたところだ。形の上では70年前の女性のような道を辿り、かなりレアな存在としての生き方の先には想像以上の孤立が待っていた。もっとも多くの知り合いや仕事仲間に囲まれた暮らしに孤立がなかったかといえば、それはまた別の孤立や孤独があったことと思う。

もう人生をやり直すことはできないが、これから出会う幸福は味わい深いだろうけれど、決して甘くはないらしい。安易な快楽で気を紛らわせ、幸せになる準備に明け暮れ、本当は自分はこうじゃないと否定し、環境が悪いと不平を言う、不幸のスパイラルの落とし穴はどこにでも見える。幸福の女神はそうした誘惑に打ち克った者だけに微笑む、大変厳しいお方なのだ。

本書は著者が亡くなった数年後に文庫化、今年の暮れに第23刷が発行されており、今も多くの人に読まれている。




2023年10月29日日曜日

カラオケでたどる昭和歌謡曲

 歌番組を見ない家庭で育ったけれども、学生になって時に平成に元号が変わる頃、共通の文化が必要になってくる。自動で選曲するレーザーディスクや通信のカラオケシステムが普及するとカラオケBOXが若い子の遊び場と化し、10年以上前の歌謡曲を受け狙いやらパロディとして歌う友人を目にして、私も遅ればせながら昭和歌謡曲をトレースすることとなる。

バブル景気は本当はもう終わりに差し掛かっていたけれど、相変わらず学生は馬鹿騒ぎしていて円高に乗じてバックパックひとつで世界中を旅する子も珍しくなかった。海外リゾートや秘境ツアーなどがすぐ手の届くところにあって、それほど危険も感じず特別うらやましいとも思わないという、今では考えられない平和ボケの時代であった。だから異国への憧れ的な歌も気楽な女子学生には笑えるパロディみたいなところがあって、ジュディオングの「エーゲ海のテーマ~魅せられて」やら久保田早紀の「異邦人」なんてゲラゲラ笑いながらものまねして歌ったものだ。

久保田早紀自身の手記(婦人公論2019)によれば、「異邦人」は最初からオリエンタルなイメージがあったわけではない。チーフプロデューサーが「エーゲ海の次はシルクロードブームが来る」と言い切り、中央線の車窓から見た駆け回る子供達の様子を描いた「白い朝」という元の曲には強烈なイントロが加えられ、歌詞は何度も書き直しを求められ、タイトルも全く意にそぐわない「異邦人」とされた。「プレイバックPart2」「木綿のハンカチーフ」「少女A」「待つわ」で知られるヒットメーカー萩田光雄のアレンジによるものだ。三洋電機のテレビのCMにアフガニスタンで撮影された映像と流れるとたちまちヒットチャート入り、さらにNHK特集で『シルクロード』が放映されると本当にシルクロードブームがやってきたそうだ。一つの歌謡曲が商業ベースに乗って拡散し、時代の象徴のように歌い継がれるようなことはもうないだろう。



「弾き」継がれる昭和歌謡曲

バンドでも目立つのはボーカルで、ライブではギターを下げていてもちょっとコードを鳴らすぐらいしかしていないものだ。まともに楽器を弾こうと思えば歌がおろそかになり、逆にちゃんと歌おうと思えば楽器演奏が控えめになるのは当たり前の話だろう。だからプロの楽器奏者はどうしても一人では地味な存在になる。

そんな中、大阪出身のウクレレ奏者の鈴木智貴さんは、レッスン動画はもちろん教本の出版・ライブ演奏でもメジャーになりつつある注目の人。音大でギターを学びウクレレに転向、ちょっと昔の曲のカバーアレンジも得意で歌うように演奏する。マイケルジャクソンメドレーが実に格好良く、音楽の詳しいことは分からないけれど本家のギターアレンジがのちに発表のオリジナル曲に一部オマージュされているように感じた。

その鈴木智貴さんが毎週のように挙げている演奏動画の最新は小林明子「恋に落ちて-Fall in love」。鈴木さんは30代の既婚男性でありながら「推し」の方々には王子と慕われるくらい可愛らしい容姿で、アロハ短パン姿でパイナップルジュースしか飲まない印象だけに、昭和歌謡曲はあまり似合わない。なのにあの時代のメロディーラインがとても魅力的に響くのだそうで、当時流行ったドラマなんて全然知らないから、先入観なしに素直に楽しめるのだろう。

さてこの「恋におちて」はTBS系ドラマ『金曜日の妻たちへⅢ』の主題歌で、1985年から足かけ2年ミリオンをマークしたという大変なヒット曲だ。当時クソ真面目で多感な中学生の私はドラマの内容を伝え聞くに、十把一絡げに不潔な印象を植え付けられた。いまだこの歌を聴くと酒タバコに口紅香水でジメジメと汚れたじゅうたんに座り込み、おっさんの本宅を想像しながら黒電話をさすっている化粧の崩れた中年女が出てくる有様だ。歌い出しのおさえた感じ、サビの部分の盛り上がりにしてもなかなか名曲なのだけど、湯川れいこの強烈な歌詞が全部さらっていってしまうのが残念といえば残念だ。



2023年10月28日土曜日

よみがえる昭和の歌謡曲

 先日テレビ番組で、女性シンガーのJUJUがコンサート会場を昭和のスナックに模して自らママに扮するという趣向のツアーを取材していた。JUJUは私より5歳ほど年下で、昭和的なものがどんどん消えていった世代だと思っていたが、幼稚園児の頃から頻繁にスナックに連れていかれおり、カウンターの隅に座って親たちがお酒やカラオケを楽しむのを見ていたという。そんな環境が個性的な人を育むのなら、特に害はないしむしろ英才教育とも言えなくもないが、むべなるかな歌も上手いが大酒飲みという。

昭和の後半はテレビ全盛期でチャンネルを回せば(回すのだ)ゴールデンタイムはたいてい歌番組で歌謡曲だった。我が家では歌番組を家族で見る習慣が無かったにも関わらず、結構知っている曲があるのはよほど大人も子供も歌謡曲に曝されていたということだろう。歌謡曲は当然ながら大人向けの歌なので、酒タバコ博打浮気不倫まみれで愚痴涙傷つけ合いの苦味に溢れた歌詞が連なる。恋愛ドラマは一方通行かすれ違いが基本だが、こちらは倫理的にアウトな男にばかり惹かれるM女がたくさん登場するので、甘えん坊でだらしない方がモテるかのような勘違い男を大量生産させたのではないだろうか。

この秋も谷村新司、もんたよしのりが逝ってしまった。今のヒット曲に比べるとダンスを意識しないので躍動感に欠けるが、昭和のヒット曲は何といっても歌詞にストーリー性があり当時の男女それぞれの恋愛観も含めてとても面白い。子供の頃には分からなかった意味が今になってじわじわ伝わってきて、当時あまりに幼かったので懐かしさがある訳ではないが、ひと世代前の遠い恋愛観や大人の世界がうらやましいような気持ちになる。そこはビートルズやカーペンターズでは良い子過ぎてジャズや黒人ブルースともちょっと違うのである。

歌謡曲とは少し離れるが、若い頃は全くいいと思わなかったのに最近は白髪うるわしい玉置浩二(安全地帯)のライブ動画を繰り返し見ている。歳をとって鈍感になった日常に、もはや妄想と体験が曖昧になった恋愛のジリジリヒリヒリ感が心地よい。結局大人味というのは苦み渋みエグさに行き着くのだろうか。





2023年9月19日火曜日

絵本の強さについて

デジタル化で次第に必要性が薄らいできた紙媒体の中で、絵本はもう少し残してほしいと思う。絵本は書籍でありながら、子供が絵を眺めページをめくる手触りや音という大切な要素も持っている。字が少ないだけメッセージが強く頭に残り、いつ誰にどんな状況で読んでもらったか自分で読んだかの記憶も加わって強烈な印象が刻まれる。最近ヒットする新刊の絵本について気になることがある。絵が可愛いから涙が出るから若い親たちにウケるだろうではなく、出版社は絵本の影響力の大きさを理解して内容を吟味し、責任を持って世に出してほしい。

先日、偶然『もうじきたべられるぼく』(はせがわゆうじ 中央公論新社2022)という紙芝居様の動画を目にした。なんでもTikTokで300万回再生されたそうで、書籍化されて第7回未来屋えほん大賞を受賞。やさしさに感動した、と称賛を送っている方々に真っ向から反対はしないけれど、中途半端な擬人化にものすごくモヤモヤしている。

ある子牛が「ぼくはうしだから もうじきたべられる」といって、一目お母さんに会いたくなり汽車に乗って田舎の牧場へ行く。そこで母牛が新たに子牛を育てているのを見て、ぼくがもうすぐ食べられるのを知らせたら母牛が悲しむかもしれないと思い、声をかけずに帰りの汽車に乗る。母牛は汽車に我が子がいるのに気づいて走って追いかけるが声は届かない。「せめてぼくをたべた人が 自分のいのちを大切にしてくれたらいいな」

人の心の中を引っ掻き回して無理やり涙を引き出す系、と酷評したら大炎上するのは分かっている。可愛らしい子牛の絵を使って、人間の残虐さを強調しその肉食習慣を批判、家畜への感謝を求め、それが自分や他人の命の尊重になるという説法的な締めくくりに頭は混乱するばかりだ。知的で思いやりに溢れた子牛が、世を達観して運命を拒まず、人間の幸せを願って自己を犠牲にするのが涙をそそるらしいけれど。…これちょっと、お肉食べにくいですね。ファンタジーとはいえ言葉を話し切符を買って汽車で移動する優しい「ぼく」を食肉センターでお肉にするについて、多くの人のように「泣ける」ならモヤモヤしない。

一般に人工授精で産まれてきた子牛はすぐ母牛から引き離され、屠殺場で死ぬ時まで人に食われるなんて考えもせずただ生きるために草を食べている。まして牛が自己犠牲でお肉になる筈もなく、人間のする自殺や殺し合いを諌めるような存在でもない。肉用牛の繁殖・肥育に従事する農家の人、あるいは食肉センターで働く人はこの絵本を見てどのように思われるだろうか。ビーガンは喜ぶだろうが、これを世界主要7ヶ国語に翻訳したら露骨に嫌悪感を表されるだろう。

この絵本を読んだ後、夕飯にハンバーグを焼いて「うしさんありがとう🎵」とか言いながら親子で食べる光景が目に浮かぶ。親も子もありがとうを言ったから万事OK、と満足して美味しそうに肉を頬張るのだろう。

もちろん食べ物への感謝がいけない訳ではない。殺生をして生かされていることに気づき、感謝して食べ物を粗末にしない、これで良いと思う。宗教はあってもなくても「何か神秘的なもの」に感謝することはできる。「すまないね」と胸が痛んだとしても感動で泣くようなテーマではないし、家畜を「かわいそう」というのは人間のエゴである。

何がモヤモヤするか整理すると、まず牛を擬人化させる意味が理解できない。家畜も人も同じように知性や感情があり、命の重さが同じであるとすれば、感謝しさえすれば人も家畜のように犠牲にして良いことにならないか。上手く言えないが単純に気持ちが悪い。情操教育や食育にもおすすめって、感想をAIに書かせているんじゃないでしょうか。 次に、汽車を見送って最後の別れをするシーンでどうしても先の戦争を思い浮かべてしまう。見た訳じゃないけど、私は古い人間なんだろうか… 

米国のLGBT団体が子供に創作絵本の読み聞かせをやっていて、地元住民と対立しているとの報道を見た。絵本にするとメッセージ性が高くなるのを知っているのだ。本気で絵本というメディアに目を光らせ、良からぬものを遠ざける力を養いたい。



2023年7月30日日曜日

ロボットが人になる時

 今年はAI元年と言っていいほど、このわずかな期間で誰もが日常的に人工知能に触れる機会が格段に増えた。小学生の夏休みの宿題から学術論文、議事録作成、オペレーター業務、翻訳、画像生成など本当に何でもこなす。一番難しいと言われた何気ない会話まで、時々とんでもない思い違いをして知ったかぶったりするが、常に中立で優しい。まぁそんな気にさせるように設定してあるだけなのだが。それだけ相手を怒らせる心配もないので気楽とも言えるが、人によっては適度に気を損ねたり拗ねたりしてくれた方がリアルと感じるかもしれない。

AI アプリ対応のコニュニケーションロボットも5万円くらいから買えるようで、78歳の母も興味津々。高価で本格的なものになると歌ったり踊ったり、顔認識して話しかけたり、以前の会話内容を覚えていて話題にしたり、技術の進歩を改めて感じた。ペットロボットも、より生き物らしく仕草や反応がかわいらしい。実用的なお掃除ロボットに話しかけるおばあちゃんがいるそうで、スーパーでせかせか掃除をしている姿が微笑ましく思わず声をかけたくなるらしい。

いよいよロボットと人が共に暮らす時がやってきた。手塚治虫『鉄腕アトム』「地球最大のロボット」の回を浦沢直樹がリメイクした作品『PLUTO』をまた読み返したくなる。最初の連載が2003年だからもう20年前の話になるが、今年10月配信開始のNetflixによるアニメ化で再び注目されそうだ。手塚治虫はアトム誕生を2003年という設定にしたから、その年がやってきても当分は無理だろうと思った。それが20年経ってここまでAIが利用されるようになったら、もう目の前に思えてくる。

『PLUTO』のアトムは見た目も感情も人間の男の子そっくりで、アイスクリームも美味しそうに食べる。人に寄り添い、人の真似をすることで感情が芽生えてくるという、人の心を持ち日々成長するロボットなのだ。ロボット開発といえば、何となく目指すところの先にアトムがいるような気がするのは漫画に影響された日本人的発想とも言われる。しかし現実には軍用無人機や無人戦車がAIを搭載し破壊に利用される日がそこまで来ていて、ロボットが人を殺す日も近い。今アトムがいてくれたら戦争を止めることができるだろうか。いつか生まれてきて、その優れた頭脳を人間のために使って欲しい。

アトムは一人息子を亡くした天馬博士の悲しみによって造られ、それでも満たされない感情が怒りや憎しみとなってぶつけられるという、可愛い姿に人間の負の感情を背負わされたロボットだ。お茶の水博士との出会いでプラスの感情を得るが、それが故に自ら人間の犠牲になることを選ぶ。アトムの最終回にテレビの前で泣いていた全国のよい子たちも今や60代後半、ロボットが進化しても人間は変われないままでいる。






2023年6月15日木曜日

せいじにんを変換したら政治人だった件

LGBT理解増進法案が衆参本会議で可決し成立した。この法案はG7広島サミット前に成立させようとの動きから、異例の速さで立案・審議と進んだ。与野4党の修正案は、大多数の人への影響が少ない内容に変えられ、少し安心感が加わったが、それでも「差別」の内容は明らかになっていないし、ジェンダーアイデンティティ(以下、性自認と書く)やそれで困っている人への理解が、他の先進諸国と比較してどれほど「遅れている」かも明らかにしていない。わざわざ法律にするほどのこともないものを、これほど急ぐ理由は何なのだろう。

外圧、それから一般社団法人 LGBT理解増進会の立ち位置もよく分からない。修正案で削除された「民間団体等の自発的な活動の促進」をこの利権団体が制御するのだろうか。訳のわからない啓発活動の為に多くの税金が注がれるのだろうか。一方でこうした啓発活動を含め民間団体の勝手な行動についても、学校での教育や啓発について「家庭及び地域住民その他の関係者の協力を得つつ」と文言を追加することにより、堂々と拒むことができるようになった。官製LGBT教育の方がまだましだと思うよりない。

LとGは外見や行為でそれとなく分かることがあり、まぁそんなものかという認識でいる。英会話の豪パース出身の先生はGと公表していたし、カナダに行ったウクレレの先生もGだと思う。もちろんBかもしれないし、TかQという可能性もないではないがどっちでも良いことだ。向こうから歩いてくる人が犬好きか猫好きか、くらいどうでも良い話と思っている。

Tの問題点は多くの人が指摘している通り、女性の安全と権利を侵害することに尽きる。シス女性もL女性も身体が女である限り、Tの権利を過剰に擁護することで不利益を被る。競技においては性転換手術やホルモン値ではなく遺伝子でもって性別を判断すべきだろう。遺伝子の差を人種や個体差と同等に考えるのは無理がある。もし地球上の人類に決定的に体格の違う種がいたならば人種別の競技も必要だったかもしれないが、幸いにして人類はみなホモサピエンスである。フェアプレーとかハンディキャップについて、いま一度考えなくてはならない。

性的マイノリティは昔から一定数いたし、学校のような集団環境において当事者は相当な困難を抱えているのだろうと思う。学校というのはそれでなくても居心地の悪い子供にとっては生命を脅かす地獄のような場所であり、生半可な啓発授業で改善するようなものではない。それだけに教育現場にLGBT法連合会がするような民間の極端な啓発キャンペーンを持ち込んで欲しくないし、しっかりと規制してもらいたい。性自認に限らず、いじめで子供が自ら命を断つ社会のままで良い訳がなく、もっとお互いを尊重し合い、自尊心を高める教育でなければやらない方がマシだと思う。

一部の活動家は今回の修正案について、当事者にとって何の利益もないと抗議しているようだけれど、彼らにはおよそ妥協という考えはない。同性婚、夫婦別姓、配偶者控除、相続税優遇などを要求し、ラクダがテントに入ってくるようにずうずうしく母屋を占領してくるだろう。

国民の大半が何が起こっているのか理解しないまま、LGBT理解増進法はギリギリのところで骨抜きにすることができた。その意図は非常にわかりにくいが、新しい全体主義から社会を守る試みとして悪くなかったと思っている。宗教団体との関連を騒ぎ立てている隙に、新たなイデオロギーがすばやく政治に教育にすべりこんでしまった。まさかアベガーの人たちや環境活動家が全員LGBT擁護に回るとは思えないのだけど、親和性が高いのも気になる。本当にこの国では裏で何があってどこへ向かっているのだろう。

(画像は 福田ますみ『ポリコレの正体』)



性自認は本来あいまいなもの

2022年12月スコットランド議会で、法律上の性別変更の手続きを簡易化する法案が賛成多数で可決された。これによって性別変更申請は16歳から、客観的な性別違和の診断書なく自己申告のみで可能となった。具体的には、自分で今日から女になります、男になりますと役所に届を出せば即受理されるということ。 LGBTインクルーシブ教育の最先端を行くこの国では、4歳から保護者の同意なしに幼稚園や学校で名前と性別を変更することができる。

日本で今このままの法案が出たら、そんなバカな!と保守派でなくても反対多数で否決となるだろう。しかし日本でも「同性婚が認められないのは違憲」という判決が出ていることからも、同性婚を求める当事者が増えているというより人権活動家が勢力を伸ばしていると見るべきだろう。

自分の性別を意識するのはいつかといえば、やはり身体が大きく変化する性徴期になろうかと思う。身体の変化に心がついていかなくて、変に意識したり嫌だと思ったりするのは誰にでもあることで、そんな子供たちをそっと温かく見守ってやるのが年長者の務めだろう。幼い子は父母や兄弟姉妹、友達などの真似をして成長するものだ。個性を形成する段階に性別を、親から引き離して自分で決定させるとは恐ろしい、自由という名の洗脳ではないか。

極端な発想に至る背景には風土・民族・文化・宗教が密接に関わっており、強い抑圧のある地域ほど新しいイデオロギーは生まれやすく、根付きやすい環境が整えば周辺地域は簡単に侵食される。

日本では近世まで同性愛はタブー視されなかったようだし、祭りで宴会で男の女装は当たり前、BやTの居場所も寛容の中にあったのではないだろうか。江戸時代後期の『東海道中膝栗毛』弥次さん喜多さんなど明らかにゲイカップルなのだが、変人扱いするどころかありがちな微笑ましいキャラとして描かれる。残念ながら女性の性自認や嗜好の実態はよく分からないが、宗教的な理由で迫害対象になることはなかったと思われる。そもそも生活に余裕があり両性のバランスが欠けた環境においてこそ、生きて繁殖する以外のことが発生するというものだ。寛容の中に微妙なバランスを保っていたところへ、いま新たな思想が巣作っている。

極端なLGBT擁護によって民主主義が悪用されている事態を、もはや対岸の火事と笑っていられなくなった。(スコットランドではレイプ犯が裁判中、自己申告でトランス女性になり女性刑務所に収監された事例がある。)せめて教育現場だけでもインクルーシブ教育に侵略されないようお願いしたい。




2023年4月14日金曜日

響け杜氏唄

 この年度始めは、新入生や新入社員歓迎の宴で夕暮れの街は賑やかだったそうだ。そんなこととは全く無縁の暮らしをしているけれど、野外コンサートに行ってきた息子の話から想像してみたら、春風にふんわりとお酒の香りがするようだった。

かくいう私は筋金入りの下戸で全くと言っていいほど飲めない。残念にも大昔の誰かの遺伝子がそうさせているのだろう。お酒、特に日本酒はこの国の真髄とも言える米からできた、国土の恵みを象徴する存在ともいえる。嗜むくらいは飲めたら幸せなんだろうか。飲む人との間には大きな河が滔々と流れていて一人、篝火がゆらめく対岸を眺めているような気持ちでいる。

飲めないながらも若い頃は宴会にお供することもあった。酔っ払いの中に一人シラフでいると嫌な感じなので酔ったふりをするが、聞きたくない話を聞き、見たくないものを見せられるのは辛い。それを酔っていても覚えているくせに忘れているふりをする人、聞かれてお前覚えているだろうとばかり不愉快な人、泣く人ゲラゲラ笑う人怒る人泣く人、面倒くさい酔っ払いは苦手だ。とはいえ単に文化としてのお酒まで嫌いなわけではない。

最近は女性の杜氏も増えて酒造りに関わるのにもはや逆風は吹かないと思われるが、江戸時代から明治、大正、昭和と長く酒造りは女人禁制だった。文献によれば江戸時代中期あるいは後期から家内業から本格的な商業的生産に移行し、酒蔵に女性を入れない風習が根付いたと考えられている。作業工程が大規模になることによって重労働化かつ画一的チームワークの強化に対応するためともいわれる。

寛政10年(1798年)出版『摂津名所図会』「伊丹酒造」で描かれた、蔵で酒の仕込みをしている様子を見てみよう。中央上には赤ん坊を抱いた女性が立っていて、4歳くらいの子供が手を引っ張って「もっとあっちも見たいよう」とでも言いたげな感じだ。作業をするのは全員男性であるが、これといって女が入ったらいけない雰囲気はなく、ものを届けにきたか単に物見しているような風情である。

そこから女=穢れ思想の定着までがいまひとつはっきりしない。穢れの発想は古代に始まり中世以降、貴族階級を中心に人々に広まった。死・疫病・出産・月経、犯罪などを忌み嫌い、またそれを浄化する呪いが不可欠だった。そんな頃でさえ酒は他の食品の加工と同様、女性も積極的に労働に加わっていた。だから生物学的な性差が生産過程にもたらす影響、具体的には腐る不味くなるといったことは考えにくい。やはり信仰や迷信によるものなのか、その前にもう少し科学的な理由も考えてみたい。

食物全般を扱う女性は、様々な発酵食材に触れる機会が男性より多かったと思われる。例えば味噌・漬物・納豆のように強烈な細菌をつけたまま酒蔵に入ってしまえばどういうことになるか。現在のように全身を洗いエアシャワーをして滅菌服を着るようなことは不可能なので、せいぜい水浴びをしてふんどし一丁になるくらいだろう。

またセキュリティ面を考えてみる。門外不出の酒種や秘伝のコツを守るために、一般におしゃべりな女性には内緒にしておいたといったら不謹慎だろうか。娘なら隣村に嫁に行くこともあるし、行商人に「いい薬あるよ。おとっつあん病気なんだろ?安くしとくよ」なんて騙されて使用人がこっそり案内したり、これも時代劇の見過ぎだろうか。

確かに今だって農村の強烈な男尊女卑と儒教の影響で女=穢れの因習がまだこびりついている感があるけれど、元をたどれば案外なんと言うことのない理由による風習であったり、人々が助け合って暮らす工夫から転じた部分もあるのではと思う。

歴史はそれを読み解く人によって曲解されることもあるし、できるだけ中立にいきたいところだが、歴史を全否定するような見方は好きではない。浮世絵の人たちは活き活き働いていてなんだか楽しそうに見える。

『摂津名所図会』伊丹酒造 wikipediaより引用


モーニングページを始めようと思うけれど

とり合えず始めてみようということが、できない。たぶん消しゴムを使うことに慣れると、そばに消しゴムがないと落ち着かなくて勉強できなくなったりするようなものかとも思う。だからこそ手書きでどんどん買いていく作業が私には必要なのかもしれない。 もやもやする、何か上手くいかない、そんな時に...